弁証法の核心は肯定的理解にある

雑感

事務所に東芝の複合機を入れるかどうか見積もってもらった。話を聞いて一番感動したのは、東芝の見積もってもらった複合機が、最初からポストスクリプトに対応しているということだった。こんな複合機は初めてだ。RICOHの場合、ポストスクリプトはオプション対応で8万円ほどの専用ボードの挿入が必要だった。それが最初から備わっているのだという。印刷が今よりも綺麗になるのは嬉しいことだ。

RICOHと同じようなランニングコストなので心配はいらない。最近は複合機で、コピーとプリンタ、FAXをまかなっている。説明ではスキャナも充実していそうだ。なかなか期待がっできそうだ。

午後、和歌山市内で会議だったので和歌山に向かった。戸締まりをしたあと、車の中でおにぎりとサンドイッチを食べるためにローソンに寄った。昨日もおにぎりとサンドイッチだった。日曜日も同じだったので、3日間、おにぎりとサンドイッチがお昼ご飯となった。

ヘーゲルの精神現象学の解説本『100分で名著 ヘーゲル精神現象学』を読んでから、弁証法の核心の一つは、肯定的理解にあることが分かってきた。徹底的に肯定的に理解することを通じて、次第に同時にその否定、その必然的没落の理解を含むということだが、そもそも弁証法的な否定というのは、存在そのものを全面的に否定することを意味しない。弁証法は、すべての物事は、一定の部分を残しながらその物事が変容していくことを「否定」という形で表現する。
資本主義から先の未来は、資本論が解明した資本主義の経済法則から逃れられず次第に変容していく。生産手段の社会化によって何が生まれてくるのか。その時代の経済の分析も興味深いが、ぼくたちはそれを現実として見ることは難しい。

次の新しい社会への発展によって、資本主義の経済法則が、別の経済法則に置き換わるのではない。商品経済は社会主義になっても引き継がれる。資本主義から社会主義への変容は、資本主義の否定ではあるが、この否定は、かなり長期にわたるものであり、資本論が分析した経済における法則は、新しく生まれた社会主義のもとでも有効だといえる。
生産手段の社会化が、変容を生み出していくが、この変容は緩やかなものになると思われる。引き継ぎつつ変化していくところに弁証法的な変化がある。

マルクスほど資本主義を肯定的に理解した人はいない。徹底的に肯定的に理解しながら、内容に分け入って、資本主義の必然的な没落のメカニズムを明らかにした。もちろん、資本論がどこまで資本主義を解明したかを見極めることも大切だが、商品分析から入り、商品から貨幣が生まれたこと、商品の生産現場で商品の価値が生まれる(この商品の価値が貨幣に転化するのは流通過程。ここではたえず命がけの飛躍がおこなわれているが、流通過程で価値が生まれているのではない。貨幣への転化は価値の誕生ではない)ことなどの分析は、資本主義がどのように変容したとしても、マルクスの分析からは逃れられない。資本主義の解剖学としての資本論の功績は巨大だ。

日本の社会の生産力の発展という場合、30年近く賃金が上がらなかったことが、発展の最大の足かせになったという分析が正しいのは、マルクスの分析による。資本主義の発展にとって、賃上げが先かそれとも企業の売り上げが先かという、よく出てくる根本的な問いかけに対し、資本論は答えを示している。卵が先か鶏が先かという問題に見えることに対し、マルクスは答えを見いだした。

雑感

Posted by 東芝 弘明