階級的な意識とは何か
Facebookに質問が寄せられたので返事を書きました。なかなか面白いなと思ったのでここに載せておきます。ロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相もいいことをしながら悪いことをする人なんですかという問いがあったので書いた返事です。ここに載せるに当たっては、加筆と訂正を行いました。
政治家の多くは、さまざまな顔を持っていると思います。ヒットラーとその周りの人々を描いた映画もありますが、多くの人には家族や恋人がいる。プーチン大統領が安倍さんと表面上親しくなって友人であるかのようになりましたが、互いにどこか惹かれるものがあったのだと思います。安倍さんが長期政権になったのも、安倍さん自身に何らかの魅力がなければ、もっと短命になったでしょう。菅義偉さんと比べるといいかも知れません。
映画監督の山本薩夫さんは、かつて東條英機は優しかったという評価に対して、彼は家族に優しくいい人物だったが、しかし彼は、別の場面では違う態度を取り、歴史の中でどのような役割を果たしたのかを問わなければならないという意味のことを書いていました。人間には、周りから信頼され敬愛されつつ、歴史の中で果たしてきた位置や役割があり、それがどのようなものだったのか、という視点で多面的に人物を把握するのは、大事な視点だと思います。
人間は社会的存在であり、社会的な意識は社会的な存在の中で影響を受けて揺れ動きます。組合の闘士だった人物が、校長先生になると管理的になり、組合員に対して対立した例はいくつもあります。逆に闘士のまま信念を貫いた人もあります。
教育委員会はかなりの圧力で校長先生を縛っています。それが人間の態度に影響を与えます。
さまざまな力関係の中で人間が存在しています。
おそらくは、日本共産党の議員の多くが、議会の中で真実をよりどころにして態度決定できるのは、議員が日本共産党の歴史と看板を背負っているからだと思います。共産党を離れた元共産党の議員がいたとして、その人が一貫してブレずに物事を判断できるかと言えば、そうはならないと思います。
人間は自分の行為の積み重ねによって、自分をつくるので、社会的な立場上この態度はやむを得ないと思いつつ、自分の信念を曲げて判断し態度を決めていくと、肝心なときに多くの人を裏切る態度をとってしまう可能性があると思います。
自分自身を形成するのは一つ一つの判断の積み重ね、行為です。行為の積み重ねが自分に与える影響は大きいと思います。人の思いを大事にするのは大切ですが、揺れ動く思いよりも、行為によって人を見ることが大事です。自分のとった態度が自分をつくる側面があります。このことと、人はいいことをしながら悪いことをするということは、深く結びついています。
自民党の国会議員が、1000万円の裏金をキックバックとして受け取って平気な態度を示している人がいます。和歌山県選出の参議院議員、世耕弘成さんの名前も表に出ました。
自分に置き換えてみればよくわかります。ぼくが誰かにポンと1000万円をもらったら一生忘れられない大事件になると思います。世耕さんは、1000万円に対し「私の立場で発言すると捜査そのものに影響を与えかねないということで、今なかなかご説明できない。けじめがついて節目が出てくれば、私もしっかり説明したい」と語っています。
受け取っていないとは言わないので、受け取っている可能性は高いのではないでしょうか。役職は続けるという態度を取っているので、どうしてそのお金を受け取っていたのかを説明できるようにしたいということでしょうか。
ことの事情を全部知っていて受け取っている可能性は大きい。そうだとすれば、日常的にそういう感覚の人間関係の中に自分を置いてお金を動かしているのだと思います。
こういう人々が、国民の暮らしを理解できることはないと思います。世耕さんが、女性議員と一緒になって生活保護バッシングをしたことと、今回の1000万円に対する態度はつながっています。
こういう態度を取るのは、階級とは何かという問題に接近する道でもあります。いいことをしながら悪いことをするという命題の中には、階級とは何かという視点とも結びついています。
階級というのは、経済的な「組織」の中でその位置関係によって分かれる人間の集団という意味をもっています。1000万円に対する庶民との感覚の違いは、人間社会の中の経済的な位置関係の違いによって生まれており、庶民とは違うお金の動かし方、お金の集め方の違いによって生まれているものです。
自民党の議員は、経済界とのつながりが深く、お金の取り扱い方が庶民とかけ離れています。政治家がパーティを開いたら、利益率90%で参加できる人間をはるかに超えるパーティ券を売って買ってもらっており、さらにノルマを超えてパーティ券を販売でき、その売り上げがキックバックとして政治家の懐に入るという仕組みは、世間の常識とかけ離れています。
「1000万円なんて小さな額のことは覚えていませんよ」という政治家もいると思われます。そういう位置が政治家の階級意識を形成しているのだと思います。そういう人々でも、人間どおし友情もあれば信頼関係もあり、人に優しい側面もある。しかし、貧しい人々に対しては、そんなものは自己責任だと冷淡に振る舞えるということだとも思います。








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