平野議員の告別式
朝、一般質問のために花園地域の介護保険サービスについてお話を伺った。
午後、1時から平野議員の葬儀に参列した。
平野さんは、享年70歳だというから満69歳だった。亡くなるのが早すぎる。年末、薬で治療するという話を本人から聞いていた。「厳しいかも知れないな」と内心思っていた。
平野さんは、40代で役場の課長になっていた人だった。ぼくが議員になった頃は、住民課の課長だった。当時、住民課はごみ処理につても担当だった。粗大ごみの問題で質問したことが記憶に残っている。
税務課長の時には、ある住民のお宅まで訪問して課員のW君と3人で夜中までつき合っていただいたことがあった。
一番印象深かったのは、教育総務課長の時代だった。
退職間際の平野さんは、法律論で質問したぼくの質問に対して、教育委員会の権限を正確に答弁した。教育委員会による越権行為とも思われる学校への指導について、実に気骨のある答弁をしていただいた。
議員になって2期目の途中で亡くなられたことになる。
ぼくが議員になる前は、財政を担当していた時期もあったようだ。
退職後、奥さんと一緒にヨーロッパの方に旅行に行った。楽しそうな写真を自宅で時間をかけて見せていただいたことがある。理論的な話の好きな、細部にもこだわる行政の専門家という感じがする人だった。以前の課長には、平野さんと同じように厳密に法律関係を踏まえて仕事に当たるという人が何人もいた。平野さんは、法律を大事にするスジを通す課長の1人だった。
平野さんのような課長が少なくなりつつある。原則を踏み破るような教育委員会の中にあって、「教育委員会としてそういうことはできない」と言い切った気骨のある答弁がよみがえってくる。
棺に他の議員といっしょに花を入れさせていただいた。お顔のまわりには涙を流し続ける身内の方々の姿があった。痩せて細っている顔があった。鼻筋の通った平野さんの鼻は細く高かった。
ご冥福をお祈りします。









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