もし、日本が戦争に勝っていたら
日本が、第2次世界大戦でアメリカに勝って、アジア・太平洋をを占領していたらどんな国になっているでしょうか。
荒唐無稽な設定ですが、戦前を「美しい国」だと言ってあこがれている安倍首相という存在があるので、荒唐無稽なことを真面目に、真剣に考える意味はあると思います。
アジア・太平洋戦争に勝つということは、植民地支配を広げた状態で勝利するということですから、日本は戦後も戦争を継続している可能性があります。こういう想像力の下で書いてみましょう。
天皇は現人神で、小学校や中学校には、奉安殿が設置されたままです。学校の正門を入ると奉安殿があり、その中には御真影と呼ばれる天皇の写真が納められています。子どもたちは、この写真に最敬礼して学校に通います。「畏れ多くも天皇陛下にあらせられましては」と校長先生が発言すると、子どもたちは全員直立不動の姿勢を取ります。教育は、御国のために命を捧げることが、最も美しい生き方だとされ、大きくなったら軍人になることが最高の目標になります。学問の自由や表現の自由は大きな制限を受けます。
国民は、隣組に組織され、お互いに監視が義務づけられます。学校には憲兵が常駐し、子どもたちには軍事教練が行われます。国民は天皇の赤子であり、国民の権利は、法律の範囲に制限されます。女性に参政権はありません。戦前は「女は三界に家なし」ということで、家庭は、夫を中心になり立っていました。女性の地位は、法律で制限されており、家父長的な家庭のあり方は、教育勅語や軍人勅諭によって、大事な考え方として貫かれるでしょう。
この当時の男性は、暴力的な人が多かったと思われます。
教育は、きわめて複雑な複線路線が取られます。今以上に国民は、階層に分離させられます。半封建的な農村地域の生活水準の低さが、都市で働く労働者の賃金を抑制します。
オリンピックは、国威発揚の重大な場となります。戦前、水泳の選手だった橋本市出身の兵藤秀子さんは、金メダルを取れなかったら、真剣に自殺しようと考えていました。
外国の広範な地域を植民地する日本は、徴兵制と兵役義務を必須のものにしていると思われます。
自由を唱え、主権在民を掲げる運動は、最も激しい弾圧を受けます。作家の手紙や作品は、検閲の対象になり、危険思想とされた人の本は、伏せ字だらけになります。発刊禁止の本を手にしていた人は、逮捕投獄される危険があります。特別高等警察の権限がものすごく強く、この警察にマークされた人間は、逮捕されると、ときには拷問によって虐殺される可能性があります。
日本に占領された朝鮮や中国、東南アジアの人々は、日本の国策によって、ときには日本本国に強制連行され、奴隷的な労働に従事させられます。日本は、アジアの盟主を自認していたので、他民族を蔑視する傾向が色濃く存在しました。この他民族蔑視の思想は、日本国民の不満を吸収する役目を果たしていたので、占領された国々は、日本以上に屈辱的な状態におかれる可能性があります。従軍慰安婦の制度が今も存在しているかも知れません。
侵略の軍隊をもつ強大な大日本帝国は、科学技術の発達の中で核兵器を開発し、核兵器を使用する可能性をもったきわめて危険な国になっている可能性もあります。
科学技術が発展し、コンピューターが現在のように発展しているとすれば、国民には背番号がふられ、国家が国民の個人データを徹底的に管理するようになっている可能性があります。都市の角には監視カメラが張り巡らされ、耐えず国民は監視の目にさらされるかも知れません。
地方自治体の長は、国家の任命によります。地方自治についての選挙は、議員だけとなります。そもそも、大日本帝国には、地方自治体という概念がありません。おそらく、同和問題の解決さえしていないと思います。国民に基本的人権を認めなかった戦前の日本では、同和問題の解決の展望は開けないと思われます。
農村は、強大な地主が、広大な農地をもち、多くの農民は、小作として年貢を納めることになります。
安倍首相は、国家が絶大な権力を持ち、この権力に国民が無条件で従う国を美しい国だと思っている感じがします。
日本が、第2次世界大戦に勝利したと考えてみてください。ぼくは、どんなことがあってもそういう国には住みたくないと考えます。戦争に負けていなければ、日本は、北朝鮮に酷似した国になっていたのではないでしょうか。
日本が戦争に敗北し、政治的な転換が必要になったことは、心底良かったと思っています。主権在民、恒久平和、基本的人権などは、当時の日本の支配層の敗北なしには実現しなかったとも思われます。大日本帝国の敗北は、日本に自由と民主主義を生み出す決定的な契機になったのではないでしょうか。
上の写真は作家が1941年12月8日の太平洋戦争開戦のとき、どういう文章を書いたのかを特集したものです。多くの作家が戦争に協力しています。本質を見抜く役割をもっていた作家が、その力を失っていた時代だと言ってもいいと思われます。こういう時代を再び繰り返すべきではないと思います。















ディスカッション
コメント一覧
終戦時17才であった私はあなたのご意見に全く同感です。戦時下私の周囲の大人達は言っていました。「日本が勝ったら軍人には皆土下座させられるよ」と。国民は軍人や警察をとても恐れ、彼らは国民をおどしていました。学校に配属されていたのは憲兵でなく、私の中学は現役の陸軍中尉でしたが毎日彼は日本が負けたら男は殺され、女は犯されるんだと我々に言っていました。しかし進駐軍は殺すどころか飢えた日本人に食べ物を与え日本兵より紳士的でした。当時軍人や警察は国民を本土決戦に駆り立てるため国民を脅していました。何事も「天皇のため」で日本人は天皇のために戦い死、毎日の空襲にもめげず飢餓にも耐えたのです。アメリカが日本に民主主義を与えてくれたことを感謝してます。
まなさん、コメントありがとうございます。安倍さんの暴走は、国民に害悪しかもたらさない、とんでもないものになりつつあります。日本国民の戦後民主主義が試されているのかも知れません。
あなた日本人ですか?
けんけんさん。
もちろんぼくは日本人です。侵略戦争は、日本の敗北を持って終わる。戦争当時、そう予見した人々はいました。歴史的経過をみてください。日本は拡張に次ぐ拡張の戦争をし、太平洋戦争に突入しましたが、1942年6月5日から7日にかけてミッドウエー海戦で大敗北を喫しています。アメリカとの戦争を引きおこした当時の日本は、戦争を始めてからわずか半年で重大な敗北を喫しました。それ以後、日本は敗退を重ね、多くの日本人兵士は餓死するような状況になりました。
アメリカは、戦争体制に入っていないときに日本による真珠湾攻撃を受けました。攻撃を受けてから体制を整えて、兵器や飛行機を増産し、半年後には日本を決定的な打撃を与えました。それだけ、国力に差があったということです。日本は、太平洋戦争を始めるとき、宣戦布告をしない奇襲作戦で緒戦に勝てば勝機はあるという判断をおこなっていました。しかし、この判断は半年後にもろくも崩れ去ったということです。
このようなずさんな見通しのもとで、誰も責任を負わない極めて無責任な司令部が戦争を引きおこし、多くの日本人兵士を死なせたということです。それが日本の侵略戦争でした。この歴史の教訓に学ぶべきだということです。今年の天皇陛下の感想にあったように、しっかり歴史を学ぶことが、このような過ちを繰り返さない最大の力になります。
自治体、公務員で検索していたところ貴ブログにヒットいたしました。
始めまして、フリーで舞台音響をやっています。ご掲載のエントリ、小生の歴史認識と近いものがあります。というよりとても勉強になります。
石橋湛山も「前途洋々なり」と終戦で荒廃した我が国を、憂うどころかこれからが希望であると言っていました。あの戦争突入とその責任は、小生、勉強中ゆえ大それたことは申せませんが、戦争が終わってほっとした人が多かったことは事実の様です。それから「二度と勇ましいことを言って戦争の火種を作ってはいけません」。これは死んだ祖父と父の遺言です。
敢えて申しますが、戦争に負けて良かった(目が覚めた)部分はあります。
で、もし勝っていたら?。これ、あまり考えたくありませんね。
スレ汚し失礼いたしました。
endouさん、書き込みありがとうございます。けんけんさんもよろしければ、お読みください。
ぼくは、最近の天皇陛下の感想や言葉に注目しています。第二次世界大戦で多くの日本人とアジア諸国民が命を失ったことを、この方はよく見ていると思います。戦後の日本の歩みを肯定し、恒久平和を守ろうといい、近隣諸国との平和友好を願っている発言は、象徴天皇として日本国憲法守ろうとしている気持ちがよく表れています。
日本人の大多数の方々の気持ちを表していると思っています。
日本が戦争をしない国になったこと、平和を未来に向かって守る国になったことは、多くの国民の願いにも一致していました。
日本が侵略戦争をした国は、まずもって韓国(ここはすでに植民地になっていた)、中国、東南アジア諸国でした。南は最終的にはオーストラリアまで及びました。大東亜共栄圏という名前でした日本の戦争は、イタリアとドイツ、日本という3国同盟によって、世界を再分割するという戦争でした。アジア諸国には、ヨーロッパの植民地がありました。これらの植民地は、資本主義が全世界に広がり、世界市場が形成される中で起こった先進国による領土の奪い合いの結果でした。遅れて発達した日本資本主義は、これらの国々と肩を並べるようにして近隣諸国に進出し、植民地を拡大し侵略戦争を展開したのだということです。
ヨーロッパでヒットラー政権が電撃的に軍事侵攻し、フランスなどを制圧して行ったときに、日本は、勝機がやってきたという判断をしてヨーロッパの植民地だった国々にも戦争を仕掛けました。
第一次世界大戦は、資本主義国による領土の奪い合いによる再分割のための戦争でしたが、第二次世界大戦は、1929年の世界恐慌を1つのおおきな契機として引きおこされたファシズムによる全世界に対する侵略戦争でした。人類史上最大の世界大戦となった第二次世界大戦は、ドイツとイタリア、日本による侵略戦争に反対する反ファシズムの戦争という性格を次第に鮮明にしてたたかわれた戦争になりました。
日本国が敗戦の時に受け入れたポツダム宣言に当時の戦争終結の考え方が鮮明に表れています。このポツダム宣言に盛り込まれた考え方は、戦後の原点とも言えるものであり、国連の創設と国連憲章にも受け継がれたものになりました。
ファシズムの台頭を許さないという戦後の原点は、人類が到達した極めて大きな教訓でした。第二次世界大戦以後の全世界は、この教訓の上に成り立っているということです。第三次世界大戦が起こっていないのは、第二次世界大戦の教訓の上に世界が成り立っていることと深い関わりがあります。ソ連とアメリカという二大大国が冷戦状態を続け、2つの軍事ブロックに分かれて対立しあうという深刻な状態が戦後続きましたが、ソ連流の革命を押しつけるというソ連が崩壊したことによって、冷戦体制が消滅し、平和を求める流れはさらに大きくなりました。ヨーロッパにおけるユーロの動き、ベトナム戦争以後の東南アジア諸国におけるASEANの平和を求める動き、南米におけるアメリカの支配と介入を打ち破る動きは、さまざまな問題があっても平和を求める流れが、極めて大きくなりつつあることを示しています。今年に入ってアメリカがキューバに対する経済封鎖を解き、戦争を経ないで対立を平和的に解消する動きが生まれました。南米諸国は、数年前からアメリカに対し、キューバに対する経済封鎖を解くよう求めていました。この流れにこそ、21世紀の展望があると思います。
一方、第二次世界大戦後も、数多くの戦争がありました。最も多く戦争に手を染めたのは、アメリカでした。アメリカは、第二次世界大戦の時は、連合国側に参加し、日本のファシズムを打ち倒すという点で極めて大きな役割を発揮しましたが、本質的には、アメリカ中心の世界支配ということを本気で追求する国でした。この国の性格が、戦後の日本の民主的改革を歪めました。アメリカは、1947年の中国革命を契機として、日本におけるポツダム宣言の実施を途中で放棄し、日本をアジアの軍事拠点とする方向に舵を切りました。サンフランシスコ平和条約によって、第二次世界大戦は終結し、日本は独立しましたが、アメリカとは日米安保条約を結んで、米軍が撤退しなくてもいい仕組みを作りました。その結果、日本の独立は侵され、アメリカへの従属という戦後の体制が作られました。
アメリカは、第二次世界大戦終結時、アジアにとっては日本の侵略を打ち破るという点で、まさに解放軍的な役割を果たしました。日本の植民地であった韓国が、戦後アメリカとの関係を深め、アメリカに対する軍事的協力という点で突出した存在になっているのは、第二次世界大戦の終結の仕方にまで遡ります。しかし、東南アジアでは、アメリカがベトナム戦争を引きおこしました。この戦争は、東南アジア諸国を巻き込み、深刻な分裂を引きおこしました。ベトナムの勝利という形でベトナム戦争が終結したことによって、東南アジアには平和を求める動きが急速に強まりました。
さて、日本も侵略をしたかも知れないけれど、フランスやイギリス、オランダも植民地をもち、同じようなことをしていたではないか。どうして日本だけが非難されるのか。という意見はよく出されます。
植民地を作り他国を支配するという点で、日本がしたこととヨーロッパの列強がしたことは本質的には同じでした。しかし、軍隊による戦争を仕掛け軍事的侵攻によって暴力的に領土を奪い世界を3つの国によって支配するという野望をもっておこなった枢軸国の戦争は、国内では軍国主義による民主主義の圧殺、軍事政権による大規模な侵略戦争という点で、ドイツ、イタリア、日本が引きおこした戦争は、ファシズムによる戦争という特徴をもっていました。この戦争を打ち破る連合国側の戦いが、積極的な意義を帯び始めるのには、かなりの時間がかかりました。戦後軍事的にも対立したアメリカとソ連が、同じ連合国側に参加したのは、反ファシズム統一戦線が形成されたからです。ヨーロッパにおいてヒットラー・ドイツを打ち破る上で多くの犠牲を払いながら大きな力を発揮したのはソ連でした。スターリン時代のソ連は、ヒットラー・ドイツとも密約を交わすというとんでもない国でしたが、ヒットラーによるヨーロッパ支配が苛烈を極める中で、ソ連が連合国の側に入り積極的役割を果たすことになりました。
アメリカも第二次世界大戦の時には、最終的に連合国側について、日本を打ち倒す上で極めて大きな役割を果たしました。
もちろん、アメリカの戦いが全て正しかった訳ではないのも明らかです。日本に対する空襲は、民間人を無差別に爆撃するものでした。焼夷弾というのは、木造家屋が多かった日本の都市に大規模な火災を起こすことを目的に作られたものです。無差別爆撃は戦争犯罪です。もちろん、広島・長崎における原爆投下は、人類史上最大の非人道的な許されざるものでした。アメリカのこの犯罪が全く裁かれていない問題は、大きいと思います。
日本は、戦後、GHQによる全面占領という状態の中で、アメリカに主権を売り渡しました。当時の支配勢力は、自分たちの延命を求めながらアメリカと取引したということです。A級戦犯に対する追及も昭和天皇の戦争責任も曖昧にしたこととアメリカの戦争犯罪が追及されなかったことの根っこにはこの取引があります。
それでも、第二次世界大戦の教訓には積極的なものでした。日本が現在の憲法を持ち、国民主権と恒久平和、基本的人権を基本としたのは、人類の理想を体現しています。憲法9条を日本が持つことによって、日本はアジア諸国を侵略する国ではなくなりました。アジアにおける最大の脅威がなくなったことの意味は巨大だったということです。
あなたの考えには共感できません
わたしも戦争は嫌です。戦争は大嫌いです
それには同意します
太平洋戦争は完全にアメリカに追い込まれての戦争です
太平洋戦争で日本人が約310万人も殺されました
310万件の死亡事件が起こっていたんです
対してあなたの大好きな正義で民主主義のアメリカは太平洋戦争で約10万人しか死んでいません
日本の都市の大部分を焼け野原にして原爆は落とすはやりたい放題ですよね
何の罪もない民間人を大量に殺戮しました
私はアメリカのほうがよっぽど悪だと思います
私は簡単に負けて良かったと言えるあなたを本当に軽蔑します
私たちのじいちゃんやばあちゃんをいくらなんでも殺しすぎなんです
当時世界の殆どは欧米列強の植民地でしたよね
アメリカのルーズベルト大統領などは人種差別の急先鋒でした
白人たちは黄色人種・黒人を犬猫同然に扱っていたんです
アフリカや中東、インドやインドネシアなど良い例です
日本だって彼ら白人国家の植民地になる可能性も十分にあったんです
今日それらの植民地だった国々がヨーロッパやアメリカと対等に話できるのも
間違いなく日本のおかげなんです
ある意味では大勝利だったと思います
それと日本は少なくとも朝鮮や台湾や満州の人々に欧米の植民地のような扱いをしていません
間違った情報を流すのはやめてください
戦後30年も経過して突如噴出した
従軍慰安婦の問題も完全に大嘘ですよね
ただの民間の職業売春婦であることはさまざまな証拠で明らかです
当時のまずしい家庭環境で親に売られたりした人もいるでしょう
仕事がなくてまずしくて慰安婦になった人もいると思います
それには私も同情もしますよ
でも性奴隷なんて冗談じゃない
当時の総理大臣や陸軍大臣・海軍大臣よりも給料をもらった人もたくさんいるんです
しかも国が強制連行とかに関与してる証拠もいくら探してもほぼ皆無です
ソウルの日本大使館前に非礼にも慰安婦の像建てたり
アメリカにまで建てたりして、もううんざりなんですよ
その自称被害者韓国が朝鮮戦争の時には韓国自身が進んでアメリカ軍に売春を斡旋してたり
とかむちゃくちゃでしょ
今日数万人の不法に売春している韓国人売春婦が日本にいるんですよ
あなたも国民の血税で生活しているのなら韓国に抗議の一つもしてください
南京大虐殺なんて東京裁判用のプロパガンダですし
嘘だってことが歴史的にも科学的にも完全に証明されてるんです
当時の南京市民に聞けばわかるんです。まあ嘘しか言わないでしょうけど
東京裁判なんて事後法で戦勝国が一方的に裁判して死刑にして理不尽極まりないし
約1000名処刑されたBC級戦犯の方々も本当に無念だったでしょう
【誰も責任を負わない極めて無責任な司令部が戦争を引きおこし】
あなたはこのように言ってますよね。
責任は取らされてるじゃないですか
嘘をつくのはやめてください
あなたが多用する大好きな【侵略】ということば
日本だけが侵略国家だったみたいな言い方
イギリスやフランスやオランダやスペインやアメリカやドイツやポルトガルや
オランダやイタリアやベルギーやロシアや中国など
これらの国のほうがよっぽど侵略国家ですよね?ちがいますか?
それらを棚に上げて日本だけが侵略戦争したみたいにいう
なぜあなたは日本が悪かった間違っていたみたいな事しか言えないんでしょうか
なぜとことん自虐的なんでしょうか
【宣戦布告をしない奇襲作戦で緒戦に勝てば勝機はあるという判断をおこなっていました】
これも大嘘だし
宣戦布告してるし
大体今までの戦争の9割は戦闘後の宣戦布告か宣戦布告もしてないんです
アメリカのプロパガンダに踊らされすぎです
アメリカなんて太平洋戦争開始以前に中国に肩入れしてアメリカ空軍を送って日本軍と戦闘してるんですよ
本当にふざけるなって感じです
戦後のGHQの戦争政策によってあなたのような左翼主義者には無限の表現の自由が与えられてます。
あなたのような左翼主義者にだけ言論の自由が認められてるんです
おかしいとは思いませんか
あなたは寛容な日本国民に本当に感謝すべきです。
一方で従軍慰安婦は嘘だった、南京大虐殺は嘘だったって
到底公の場で言えないんです
心の中で思っていても言えないんです
その、なんか、言いたいことを言えないのはおかしいと思います
そして嘘がまかり通る
これらの状況を作り上げた理由は1点しかありません
日本が戦争に負けたからです
敗戦国だからなんです
私が中学生くらいの時だったらあなたの意見に100%賛同してたと思います
日本が間違っていた悪かったという教育を受けてきましたから
侵略国家だって教えられてきましたから
私が中学生の当時だったらあなたは素晴らしいことを仰られる方だと尊敬していたと思います
でもインターネットの時代になって今まで知らなかった情報が嘘がいっぱい出てきてるんです
嘘だらけだったんだと大多数の国民が気づき始めたんです
あなたもこれ以上嘘をつくのはやめてください
あと太平洋戦争での日本の負の部分ばかり強調するのはやめてください
本当に不愉快ですよ
プラスの部分もめちゃくちゃ多くあるんですから
だから戦前の日本を悪く言わない安倍さんは支持されてるんです
安倍さんは決して好戦的でありませんよ。右翼でもない。
日本を普通の国にしたいと思っているだけだと思います
今後あなたのような歴史観はほんの一部の国民にしか認められなくなるでしょう
日本共産党はもうこれ以上日本国・日本人の足を引っ張るのはやめてください
日本をこれ以上おとしめるのはやめてください
それを止めてくれたら私は日本共産党を支持しても良いと思っています
【日本が侵略戦争をした国は、まずもって韓国(ここはすでに植民地になっていた)、
中国、東南アジア諸国でした。】←これあなたの言葉ですよ
あなたいったい何を言ってるんですか?
いつ日本と韓国が戦争してたんですか?
韓国が日本に宣戦布告したんですか?
韓国は併合ですよ併合
国際法上でも合法の合併ですよ
それに当時は韓国でなく朝鮮ですよ朝鮮
解ってます?
もちろん欧米の言うような植民地なんかじゃありません
びた一文日本は朝鮮から利益を得てないのですから
当時の大韓帝国議会の最大与党の一進会が自主的に朝鮮民族が
強国のロシア・中国・日本に囲まれてる状態で、生き残るにはこれしかないと
ぎりぎりの選択をした結果なんです
中国とは戦争してませんよ
日本が戦争したのは中華民国です
蒋介石率いる国民党の中華民国です
まあ後半戦は中共合作となりましたが・・・
とにかく正しい記述でお願いします
次も大問題です
東南アジア諸国といつ戦争したんですか?
どこの東南アジア諸国が日本に宣戦布告したんですか?
日本がどこの東南アジア諸国に宣戦布告したんですか?
日本が戦争したのはアメリカ・イギリス・オランダ・中華民国・
イギリスの傀儡国家オーストラリア
最後にソ連(不当にも日ソ不可侵条約を一方的に破棄して)です
確かに日本はオランダ領東インド(現在のインドネシア共和国)に侵攻しました
そこはオランダ領ですよ
あくまでも日本軍を受けて立つのはそれはオランダ軍ですよ
オランダ軍のなかに現地人がいたと思いますが
それでもあくまでもオランダ軍と戦ったんです
アメリカの植民地のフィリピンに侵攻しました
それも同様にアメリカ軍と戦いました
イギリス領ビルマに侵攻しました
それも同様にイギリス軍と戦いました
イギリス領インドに侵攻しました
それも同様です
イギリス領マラヤ(今のマレーシア)
イギリス領シンガポール
イギリス領香港
イギリス領ブルネイ
アメリカ領グアム・サイパン・テニアン
フランス領インドシナ(今のベトナム・カンボジア・ラオス)に駐留しました
同盟国のドイツがフランスに勝利したためです
当時の敗戦国のフランスに治安維持の能力が無かったため治安維持で駐留したんです
ポルトガル領マカオはポルトガルと日本とは中立であったため日本軍は進駐してませんが
だからどこの東南アジア諸国と戦争したんですか?
唯一独立国のタイはイギリスとフランスの緩衝地として独立が許されていました
まさかタイと日本が戦争したんじゃないですよね?
どうか教えてください
諸国というからには国なんですよね?
はたまたあなたは今でも今の東南アジアが
イギリス・アメリカ・オランダの植民地のままであるべきなんだと
望んでらっしゃるのでしょうか?
とにかく嘘ばっかりつくの本当にやめてもらえませんか
あなたは息を吐くように嘘をつくんですよ
ぜひとも本当の歴史を教えてください
たまたま日本が振興した地域でその当時のその地域の民間人が犠牲になった。という意見ですね。その当時の国々が、植民地になっていたとしても、日本が朝鮮を植民地にしていたとしても、そういう地域を足場にして、日本が大規模な侵略戦争を展開し、アジア諸国民2000万人の人命を奪ったという歴史は消えません。たとえば、タイの戦争犠牲者は7928人という政府発表があります。
民族自決権という言葉をご存知ですか。それぞれの民族は、自ら統治する権利を持っているということです。その当時国であったかどうか、政府がどうであったかということを視点に、日本は戦争をしなかったというのは詭弁です。他民族を抑圧し、他民族を侵略した結果、日本軍は大量の人命を侵略戦争で奪ったということです。
最近、石破さんが国会で、戦争というのは国と国との戦いだから、国でないところとの戦いは、戦争ということではないということを言っていました。こういう定義がまかり通ると、フセインを打倒した後のイラクでの軍事的対応は戦争ではない、イスラム国との戦い、アフガニスタンでの戦いはすべて戦争ではないことになります。ベトナム戦争の場合、南ベトナムは、アメリカの傀儡政権でした。この戦争は次第に南ベトナム内で組織された抵抗勢力とアメリカとの戦いという側面をもってきました。ベトナム北部とアメリカとの戦いは戦争ですが、南ベトナムを解放したベトナム人とアメリカとの戦いは戦争ではないことになります。
他民族を抑圧し軍事攻撃をおこなうことが侵略戦争です。侵略は民族自決権の侵害です。
私の質問には何一つまともに答えてくれないんですね
あなたこそ詭弁ばかりじゃないですか
次の質問です
【1929年の世界恐慌を1つのおおきな契機として引きおこされたファシズムによる全世界に対する侵略戦争でした。人類史上最大の世界大戦となった第二次世界大戦は、ドイツとイタリア、日本による侵略戦争に反対する反ファシズムの戦争という性格を次第に鮮明にしてたたかわれた戦争になりました。】←でましたまたあなたの偏見発言
しかしあなたの仰る通り1929年の世界恐慌を1つの契機として世界は大きく変わって行きます
それまでの自由貿易から保護貿易に一気に転換しました
欧米列強ははブロック経済に移行することとなります
広大な植民地をもつイギリスのポンドブロック
フランスのフランブロック
オランダのオランダブロック
アメリカのドルブロック等々
各ブロック内の地域は低関税に抑えられ自由貿易が行われます
一方ブロック外の国の商品には2倍、3倍以上のの関税をかける
ようはブロック内の産業を保護し自給自足しようとしたんです
これにより植民地、資源の持てる国と持たざる国の差が鮮明となります
じゃあ経済ブロックを持たない日本はどうしたらいいんですか?
明治から急速に経済を拡大させて来た日本はどうしたらいいんですか?
何の資源も無く、資源のほぼ全部を輸入に頼らざるを得ない日本
それら資源を輸入し日本国内で加工し商品にし海外に輸出してお金を得るしかない日本
この欧米列強のブロック経済が続けば
間違いなく9000万人の日本国民を食わせていくことが出来なくなります
これ以上の日本国の経済的な発展の可能性も無いんです
じり貧の可能性しかありません
これは今日の日本でも全く同じことがいえます。
輸出が全く駄目になれば日本のような国はあっという間に崩壊するんです。
では当時の日本を崩壊させないためにはどうすべきだったんでしょうか?
究極的には二つの選択肢がありました
一つの選択として
イギリス、アメリカ等の強国の言いなりになりどこかの経済ブロックに入り込み
最終的にはその国の保護国か植民地になる
もう一つの選択肢は
日本の独立を維持し発展させる為
欧米列強に習い自給自足の経済体制を取るべく経済ブロックを構築する
円ブロックです。まさにこれが大東亜共栄圏だといえます。
このような世界情勢があなたの言う忌み嫌うファシズムを生み出したのだと理解しています
あなたがもし当時の総理大臣だったらどう国の舵取りを出来たのでしょうか?
まさかとは思いますが共産主義革命を起こすとかですかねw
ちなみに私は間違いなく後者を選択します
明治以降の日本の経済的な特徴をご存知ですか。
日本の経済の中心は、半封建的な地主制度でした。圧倒的多数の国民は農業で生計を営んでいたのに、農村では、代地主が小作人から小作料を搾り取って、農家全体は非常に貧しい経済状況にありました。明治以降、資本主義に移行し資本主義的な発展を遂げていきますが、働く者は農村から都市に流出した貧しい人々でした。圧倒的多数の農家の貧しさに規定されて都市の労働者の賃金は、極めて低く抑えられました。その結果、日本の国内市場は非常に小さいものになり、経済的発展は、海外への軍事をともなった領土の拡大になりました。
国内市場の小ささが、日本社会の発展の足かせになっていたということです。
1929年の世界恐慌を乗り切るときに、アメリカは国内市場の発展に目を向けて、ニューディール政策を行いました。日本は、経済危機を海外への侵略という形で克服しようとしました。
戦争による敗北は、日本を破たんさせましたが、戦後、半封建的地主制度は解体され、国民主権が実現し、高度経済成長によって日本経済は奇跡的な成長を生み出しました。戦後の改革が、国内市場の狭さを克服し、日本経済を発展させることの基礎が生まれたということです。
海外に市場と資源を求めた戦前の日本の生産力と、戦争をしなくなった日本の生産力の発展をどう説明しますか。戦前の方針が正しかった、それが唯一の選択肢だったというのであれば、戦後の発展をどう説明するのでしょうか。
輸出大企業が、経済の中心に移っていくのは、70年代後半以降だと思います。それまでは、工業的な原料の少ない日本は、大量に資源を輸入し、国内市場で利益を上げてきたということです。資本主義になってから日本は一貫して輸出で儲けていたというのは、事実とあいません。
日本のこの四半世紀、消費税導入以降の日本は、次第に国内市場を狭くしています。働く者の賃金抑制が、国内市場を狭くしている最大の要因です。資本家と労働者。この2つの存在は、資本主義を形成している最大の人間関係です。資本は、働く者の賃金を抑制することが、儲けにつながるので、徹底的な賃金抑制を図ってきましたが、結局、これが国内市場を掘り崩しているということです。デフレ状態が続いてきたのは、生産した商品が市場で売れないからです。価格破壊は、値崩れの現れでもあります。内需拡大、国内市場の拡大こそが、日本の景気を立て直す道です。
【1929年の世界恐慌を乗り切るときに、アメリカは国内市場の発展に目を向けて、ニューディール政策を行いました。】
だからなんですか?
戦後の日本の歴史教育ではあほみたいにニューディール政策は正当化されてますど
一時的に経済を立て直しただけでしょ?ほんの一時的です
それも10年も持たず不況に陥っていったんですアメリカは
そしてアメリカ人は武器を作って売るのが一番儲かるって事に気付いた
そのせいでアメリカは軍事大国化していったんです
世界中を戦争に巻き込んでいった張本人なんですよ
軍需産業が異常に成長し今のアメリカの礎を築いてるんですよ
また戦前の日本の科学技術の奇跡的な発展があったからこそ
戦後の経済成長があるんですけど
呉市の大和ミュージアムに行けばよくわかる
鉄鋼技術、航空機の技術、船舶の技術
戦前と戦後はつながってるんです
戦前の日本が無ければ今の日本は無いんです
戦後の改革のおかげとか言ってますけど
戦後プロパガンダにあまりにも踊らされ過ぎですよ
あなたは戦前の日本を悪すぎたとあまりにも思い込みすぎです
アメリカのニューディール政策については、よくお調べになりましたね。その通りですが、アメリカは国内市場に目を向けたということです。日本資本主義の国内市場の狭さは、戦前の野呂栄太郎の研究でも明らかにされていました。この国内市場の狭さを戦後、日本は克服し高度経済成長が準備されました。技術力の高さが生産の発展を支えたというのは、一面的です。
戦前がダメで戦後がよかったという単純なものではありません。航空機の技術は、日本がずば抜けて優秀だった訳ではありません。零戦は、最初は優秀な飛行機として活躍しましたが、アメリカが開発した飛行機に性能面でも勝てず、空の戦いでも次第に勝てなかったということでしょう。
最近、トマ・ピケティ氏が日本に来ましたが、戦後、日本は国民の所得が高まったことによって格差をかなり克服し、経済成長を実現したという評価を行いました。
内需拡大が、現在の経済のゆきづまりを克服するカギを握っているのは、戦前と同じです。
日本のよき文化を破壊したのは、戦争です。日本の軍部や絶対主義的な天皇制が引きおこした戦争によって、日本の価値ある文化や伝統がかなり破壊されました。そういう点でも、戦争は罪深かったと思います。
ほう・・・その「日本のよき文化を破壊したのは、戦争です。日本の軍部や絶対主義的な天皇制が引きおこした戦争によって、日本の価値ある文化や伝統がかなり破壊されました。」
の日本の価値ある文化や伝統とは具体的になんなの?
藤原正彦さんがよく語っている惻隠の情。ものに対するわびさびを感じる心、向田邦子さんがエッセイなどで具体的に描いている戦前の人々の生活に流れていた人に対する思いや習慣、日本の歴史の中で生まれ、庶民の生活にも根付いていた生活の知恵や文化が、戦争による徴用、徴兵、空襲による破壊等々で、文化の継承が損なわれてしまったことをさします。
明治以降の近代化の中で日本は、天皇中心の国家体制になり、資本主義と絶対主義が結びつくという形になりました。個人の権利を重んじて、基本的人権を尊重するという社会にはならなかったので、近代自我の確立という点で、自我に目覚めつつあった多くの作家は矛盾を抱えるようになりました。封建時代から資本主義に移行しても、近代的な自我が十分確立しなかったのは、半封建的な社会制度が残り、国民主権が実現しなかったところにあります。
歴史的に培われてきた価値あるものと、乗り越えなければならない非民主制との間に戦前と戦中の日本があったということです。
トリノさんも、おそらく国民主権を否定し、戦前のように天皇に主権を戻すことは望んでいないでしょう。戦争が終わるまで日本国民には、基本的人権が保障されておらず、たえず法律と勅令の間で国民の権利が制限されている国でした。戦後の発展と国民主権、基本的人権の保障は不可分一体のものでした。戦前がよかったという人々がつくった自民党の憲法改正草案は、国民主権と基本的人権に制限をかけようとしています。これは、時代を逆行させるものです。
なんか僕の質問を、勘違いしているようですね。東芝さんが書いた戦争で破壊された「日本の価値ある文化や伝統」はなんですか?と質問したのですよ。東芝さんの考えを聞いたのであって、藤原正彦や向田邦子の考えを聞いたのではありません。また憲法論を質問したのでもない。
戦前の良き「日本の価値ある文化や伝統」とななにか?と聞いたのです。惻隠の情とか生活に流れていた人に対する思いや習慣、生活の知恵や文化は失われていません。形は変わったかもしれないがそんなものは簡単になくなるものではありません。
東芝さんの文章は、意味不明なところが良くあるのです。文章的にカッコよくても内容が良く分からない。
向田邦子さんのエッセイをお読みください。読めば感じ取れることがあります。戦争前の文化や空気を読み取ってください。ぼくの考えや感じ方は、そういうものに依拠しています。
感じ取れる?・・・またまた抽象的な表現。また向田邦子のエッセイと現実の世界を錯乱させたような答えです。戦前の良き「文化と伝統」があったのでしょう?それは具体的に何か?ですよ。
それは、向田邦子のエッセイを読んで感じられるものですか?そりゃ~ないでしょう。・・笑。
「戦争によって、日本の価値ある文化や伝統がかなり破壊されました。」にピッタリ当てはまるものがあります。
それは戦争を境に日本の神話についての教育がなくなったことです。日本書紀や古事記に記載された内容を教育しなくなったことです。まあ・・・教育職員組合に戦後教育がある部分握られたのが問題だったんだけど・・・
日本は神話から誕生した国です。もちろん史実ではないけど、その神話に日本人のルーツがあります。それを学校で教えないのよねぇ~・・神武東征にはじまる天皇誕生を神話として教育する必要がある。
戦争によって世論は左寄りになりすぎたのです。それはそれでいいのだけど、日本の伝統を伝えなければいけない。つまり破壊された「文化や伝統」・・・・それは神話教育なのです。
その神話は、もともとのルーツは、古事記ですが、明治以降に勝手に都合よくこしらえたものですよね。都合の悪い話は整形して。明治以降に都合よく整形した神話は底が浅い。
第2次世界大戦末期、天皇は国体を守ろうとしていました。国体の実態は、天皇のことではなく、天皇が万世一系の存在であることを証明する曲玉と剣と鏡でした。この3種の神器を守るために、松代大本営の秘密の場所にこれらの神器を隠そうとしていました。日本国は、この3種の神器を守るために、本土決戦をしようとしていました。トリノさんのいう歴史と伝統のもっとも究極的なものは、3種の神器です。
教えたいのであれば、「日本国の中で最も大切なのは3種の神器」だと教えてください。ただし、この3種の神器、何度か火災によって焼失して作り直したものだという説があります。レプリカを大切にするのが、日本の歴史と伝統だということのようです。
東芝さんの返信は予想通りで・・・・まあ・・・笑。実をいうと、この神話に関する考えは、樋口 清之さんという方の『逆・日本史』という本の記述を参考に僕がアレンジした考えです。おもしろい本だったので、印象に残る神話の部分を覚えていました。
まあ、
>日本のよき文化を破壊したのは、戦争です。日本の軍部や絶対主義的な天皇制が引きおこした戦争によって、日本の価値ある文化や伝統がかなり破壊されました。そういう点でも、戦争は罪深かったと思います。
なんていう記述を読むと、昔読んだ本の神話に関する内容を思い出したので・・・東芝さんに意地悪な質問をしただけです。
(笑)
とにかく詭弁からの詭弁ですね
ある意味すごいと思います
おほめいただきありがとうございます。ぼくが書いたことに、戦後の日本と世界の原点があると思います。
詭弁というか思想的問題なので、まあ~仕方ないと思いますよ。歴史というは、ある一つの道を歩んだ結果であって、過去の要因が一つでも違えば現在は全く違ったものになっている。東芝さんの歴史観というのは少し思想的要望を含んだもので、一般的なものではありません。どちらかというと「けんけん」さんの方が一般的歴史観です。
歴史は、細部から出来上がっていますが、同時にすべて360度の可能性をもっているわけではありません。人間という集団を動かす客観的な動機というものがあり、それが歴史的な方向を決める力をもっています。
日本の引きおこした侵略戦争には、戦争を引きおこした動機や要因があり、それが敗北に至った必然的な力があります。
人間を最も根本的に動かしているのは、経済の力であり、この経済の力が集団の動向を規定します。社会の経済的な関係は、その社会の決定的な人間関係を規定します。この経済関係という土台の上に政治や宗教、文化等々の上部構造があり、土台と上部構造の相互作用によって、人間の社会は動いていきます。
個人の判断が社会に決定的な役割を果たす場合がありますが、そこには、個人の意思が社会の動きとかみ合うだけの要因があります。ものすごく大きな力をもっていた個人(例えばヒットラー)の意思が、社会全体を動かしていた一時期があったとしても、その意思が、社会の他の力によって貫けなくなり、やがて決定的な敗北に追い込まれたりします。ヒットラーの場合は、敗北に追い込まれる中で、自ら命を絶ちました。
歴史は、偶然の積み重ねに見えながらも、偶然の中に必然性が貫かれるということです。個人の力がどう歴史を動かしたか。やがてその野望がなぜ失敗に終わったか。歴史を動かした力はどこにあるのか。そういうものを生き生きと把握することが、歴史学というものです。単なる物語、偶然の積み重ねだけで歴史を綴るというのが、歴史学ではありません。
歴史的な分析は、現在を分析する決定的な力になります。現在の政治や経済がどう動いていくのか、という問題と時代がどう動いたのかという歴史学は、実は同じ分野の学問であり、歴史を学ぶことは、現代を読み解く力をもっています。
確かに東芝さんのような短い歴史だけを見れば、必然性が存在すると錯覚するかもしれないけど・・・笑。
最近の物理学は宇宙誕生を偶然の結果だと予言しています。その偶然の産物宇宙の銀河系誕生も当然偶然です。そりゃ~そうです。偶然から始まっているので、その後の出来事は全て偶然に決まっている。
人類誕生も偶然で、別の地球外生命体は全く違った外観です。
で・・・その偶然の生命体である人類の歴史だけが必然性が・・・・・あるわけないですよ。始まりが偶然なので、必然性があるように見えるだけ。もしビッグバンがなければ、全て無かった。歴史には360度の可能性があるのですよ。
トリノさん、偶然性と必然性の関係を偶然からはじまったんだからすべて偶然だというのは、非常に短絡的です。自然科学は、極めてシンプルな数式で表すことができる、というのは、物質の統一性にその根源があるわけでしょう。素粒子の誕生や原子の誕生からはじまり、分子が生まれ複雑な物質の構造が出来上がったときに、物質のすべてが同じものを根源に持って出来上がったということです。偶然性の中に必然性が貫かれたので、物理の法則は数式で表すことができるのです。360度、多方面にランダムに発展する可能性を持っているということは、数式では表せないということを意味します。
物理学に法則があったように、統一的な物質によって成り立っていることに根源のあるものすべてには、法則があるということです。目の前にあるものすべてがランダムに変化するものであれば、人間の細胞は法則的に入れ替わらないし、太陽が必ず一定方向から昇るようにも見えません。
人間の歴史にも、自然科学と同じように法則性があります。今と明日とは不可分に結びあっています。今が明日を規定しているといってもいい。今は昨日とも不可分に結びついています。昨日があるから今日があり、明日があるということです。
【日本の引きおこした侵略戦争には、戦争を引きおこした動機や要因があり】
侵略戦争とか全然違います
東条元首相は東京裁判の時に
【わが国に取りましては無効かつ惨害を齎(もたら)したところの1941年(昭和16年)
12月8日に発生した戦争なるものは米国を欧州戦争に導入するための連合国側の挑発に原因しわが国の関する限りにおいては自衛戦として回避することを得ざりし戦争なることを確信するものであります】
と宣誓供述で述べています
つまり決して侵略戦争ではないと、自衛戦争だったといっているんです。
その後日本は侵略国として連合国に一方的に裁かれていく事となります。
あなたには東京裁判以後のGHQ、日教組の歴史観しか見えていない
視野狭窄にもほどがあります
なぜ日米が戦争するはめになったのか?
なぜ負ける可能性が高い戦に挑まなければならないのか?
開戦時に1:10の国力差があったことは当時の官僚には解っていた事です
それにもかかわらず戦争をせざるを得なかった。
あなたには太平洋戦争に至るまでのの考察が全く欠けています。
歴史の経緯を無視しているんです。
思考停止に陥ってます。
日本が抱える八千万人に近い膨大な人口は、四つの島に詰め込まれていたということをご理解いただく必要があります。そのおよそ半分は農業人口であり、残りの半分は工業に従事していました。
潜在的に、日本における予備労働力は、量的にも質的にも、私が知る限りどこにも劣らぬ優れたものです。いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。
このように膨大な労働能力が存在するということは、彼らには、何か働くための対象が必要なことを意味しました。
彼らは、工場を建設し、労働力を抱えていましたが、基本資材を保有していませんでした。
日本には、蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。彼らには、綿が無く、羊毛が無く、石油製品が無く、スズが無く、ゴムが無く、その他にも多くの資源が欠乏しています。
それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。これらの供給が断たれた場合には、日本では、一千万人から一千二百万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。
上記は昭和26年(1951)5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会での
マッカーサーの証言です
上院での発言は最も公の場での発言であると言えるのではないでしょうか?
嘘はつけないはずです。正直な気持ちです。
日本は戦後の混乱期で朝鮮戦争中です
マッカーサーの証言と東条英機の証言は何が違うのでしょうか?
私には東条の気持ちをマッカーサーが代弁したとしか思えません。
人間の歴史にも、自然科学と同じように法則性があります。今と明日とは不可分に結びあっています。今が明日を規定しているといってもいい。今は昨日とも不可分に結びついています。昨日があるから今日があり、明日があるということです。】
しかし言い事を言いますね。
本当に目が覚めました。
まさにあなたの言うとおりです。
戦前と戦後は繋がっているんです。
今の日本があるのは戦争で亡くなった方々のおかげではないですか。
今日あなたがご飯を食べられたのもそのおかげなんです。
ご飯が食べられるのをあなたは当たり前だと思っているのではないでしょうか。
決して当たり前の事ではないんです。
飢えて死んでいった方々に今日のあなたの食事を与えたかった・・・
特にあなたのような方は先人に感謝せねばなりません。
あなたの為に死んでいったのですから。
個々人の証言が事の本質を言い当てているのでしょうか。
東條英機の発言もマッカーサーの発言も、それが事実と合致しているかということです。
日本が引きおこした戦争は、自存自衛のための戦争だと描く必要があったということです。国際法上、あからさまな侵略戦争は許されていなかったんですから。
当時の日本国民が8,000万人だったとして、戦争をしなかったら餓死者がでたというのであれば、戦後の人口動態をどう説明しますか。戦争をしていないのに飢餓状態は起こっていません。
国勢調査による人口動態
1950 年 84,115
1960 年 94,302
1970 年 104,665
1980 年 117,060
1990 年 123,611
2000 年 126,926
2005 年 127,768
国民主権が実現したのは、大日本帝国が戦争に敗北した結果としておこりました。基本的人権の保障も同じです。国家が戦争に敗北したことによって、平和と自由と民主主義が実現しました。歴史はつながっていますが、大日本帝国と日本国の国家体制には、決別と言えるような大きな変化があります。大日本帝国が崩壊したことによって、戦後日本は政治体制的には違う国になったということです。よりよい方向に変化したことによって、経済成長に道がひらかれました。トマ・ピケティさんが評価している点ですね。
東芝さんはカオス理論とか、量子論の不確定性原理を理解できないのだと思います。不可能ですが、今から1900年に時間を巻き戻せたとします。その時から再スタートの歴史は、現在と違ったものになるでしょう。全く同じ状態に戻しても、同じ結果になりません。・・・それはカオスが働くからです。
分からんでしょうねぇ~このあたりがにわか科学と、実際に数式を使った理科系との差です。
東芝さんのように結果のわかった歴史で、過去の問題を語るのは馬鹿でもできることです。相場で言えば、株価のチャートを見て、この安値で買ってここの高値で売る・・・という誰でも言える内容と同じ。
歴史は、偶然性の一つに過ぎません。・・・と言っても理解できないでしょうねぇ~・・・笑。
量子論が出てくると思っていました。物質は階層的に成り立っています。素粒子を支配している法則と原子以上の大きさをもった物質を支配している法則は、大きく違っていますよね。もちろん、素粒子を支配している法則は、巨視的な物質にも影響を与えますが。
歴史には、トリノさんが書いたような360度の可能性はありません。未来は一定の方向性の中で定まってきます。たとえば、ワールドカップで世界一になったチーム全員が、勝利の凱歌を上げているその頂点で、集団自殺することがあり得ないように。もし、集団自殺したとすれば、そこには、集団自決に至るプロセスや動機があります。勝利に酔いしれ、幸福を味わっているチームの全員が、次の瞬間に集団で自殺することがあれば、歴史は360度の可能性を未来にもつということになるでしょう。
トリノさんは、地元の役場に行くときに、今日は東に行き、明日は西、明後日は南、その次の日は空高く昇っていくなどというのはあり得ないでしょう。明日は会社が倒産し、明後日会社が世界一の企業になり、その次の日は消えてなくなるということはあり得ないでしょう。360度の可能性というのは、起こり得ないことも含めて起こる可能性があるということを意味します。素粒子の世界で起こっているような現象は、巨視的な物質世界では起こり得ないということです。
歴史に360度の可能性があれば、誰も何も未来や現在について語ることはできなくなります。予測は不可能になります。次の瞬間、歴史は極めてランダムに変化していくなどということは、誰も考えていないでしょう。
人間の予想を超えた突発的な事件や天災などは、それぞれそれが起こる必然性がそのものの中に内包されています。それぞれが必然性にある程度支配されながら、さまざまな事象と絡み合っています。色々な事象がどう絡み合っていくのか、という点については、偶然性に支配される場合も多いでしょう。個別の事象について、一定の必然的な方向が予想されますが、そこには幅があるということです。偶然性と必然性は深く絡み合っています。
必然性は偶然性を通じて貫かれるということです。
現在社会を考えてみれば、よく分かります。いったい誰が意志を決定し、歴史を動かしているのか。実にさまざまな力が絡まり合って社会は動いています。安倍さんや数人の閣僚が意思決定して歴史を動かしているということではありません。日本社会は、もっと複雑多義に渡る力によって動いています。かつらぎ町の歴史を考えても、かなり複雑です。そのときどきに採用した政策が、うまく行くのかどうか、それは誰にも分かりません。事業に対して、一つの大きな事件が起こると、そのあと事業は大きく変化します。町長も、客観的に起こっている問題に、どう対応するのかが問われ、そこにはうまく行く場合やうまく行かない結果になるケースが実に豊かに存在します。
過去の歴史を語るときに、複雑な問題が見えなくなり、あたかも歴史上の有名な人物が、こういう決定をしたから、歴史がこう動いたかのように描く場合が非常に多いのですが、実際の歴史はそのような形で動くというものではありません。人間集団がどう動いたのか、ということを丹念に調べないと本当の歴史は見えません。しかし、現在がそうであるように、歴史は予測可能な発展方向に向かって、ジグザグな経過をたどりながらも、前に進んでいくということです。
量子論の不確定性原理は、素粒子に通用する理論で人間の見える世界には通用しません。が・・・カオスは違います。重力理論の一つ。もちろん物理の世界ですが・・笑。
じゃあ~人間の歴史ではどうか?・・・実は、カオスが働くのです。東芝さんのような必然性を受け入れると、未来の予測ができることのなってしまいます。現実は違います。未来の予測ができない。それが正しいというか、未来の予測は確率のみでしか予測できない。不確定背原理と似たことが現実の世界でもそうなのです。
天気予報がいい例です。台風の予測進路は予報円でしか予測できないのです。
これは概念というか、思考に関する問題で信じない人は死ぬまで信じないでしょう。アインシュタインが量子論を信念にもとづいて否定し続けたのと同じです。
歴史は、ある確率の一つを進んだ結果にしか過ぎない。・・・台風の進路と同じようなものです。その時の要因がいくつも複雑に影響し結果として歴史ができたのです。
太平洋戦争の結果から過去を批判するのは簡単で、誰でもできることですが、・・・まあ~馬鹿でもできる解説に過ぎない。
台風の進路は、360度ではないですよね。予報円です。それは360度ではない。一定の方向性がある。それが偶然性のなかに必然性が貫かれるということです。単なる確率論ではないでしょう。
カオスの考え方を理解していません。台風の予報円は時間とともに大きくなり、予測は約1週間先までで、それ以上は予測不能になります。つまり最初は小さい予報円ですが時間とともにその広がりが大きくなり予測不能になる。それがカオス理論です。
>地元の役場に行くときに、今日は東に行き、明日は西、明後日は南、その次の日は空高く昇っていくなどというのはあり得ないでしょう。明日は会社が倒産し、明後日会社が世界一の企業になり、その次の日は消えてなくなるということはあり得ないでしょう。
これもカオスの考え方と違います。今日、役場に行くのですが到着がピッタリ予測できません。信号の止まる回数や速度のバラつきで1分~2分程度の差が出る。その小さなさがその先の行動に大きく影響するのです。1分の差で、インフルエンザにかかった人に出会うか出会わないかという事象の差があり、出会ったとしてもインフルエンザにかかったり、かからなかったりする。そのことで翌日発熱して寝込むか、寝込まないか・・・
また役場への1分差で交通事故が発生するか、しないか・・・つまりその最初の小さな誤差がその先の大きな揺らぎになり予測不能となる。それがカオスです。
東芝さんの「偶然性のなかに必然性」というのは、結果のわかった過去を見ての話で馬鹿でもできるつまらない話です。
けんけんの言うように、1929年の段階でその先を見渡すことはできない。日本はその一つの可能性を歩んだにすぎず、そのことを反省することは必要ですが、先人の過ちを責めるべきではないし誇りを失うべきでない。
東芝さんの歴史は・・・・そりゃ~現在から過去を見れば何とでも言える後出しじゃんけんです。
一定の範囲でしか予測できないというのは、当たり前のことですよね。しかし、予測できる範囲というのは、さまざまな運動のなかでは、非常に長いスパンを持っているもの、短いスパンのものとさまざまではないですか。数百年のスパンを持っているものもあれば、数千年、数万年というものもあります。星の誕生から死滅までいわば星の一生というものが、ある程度分かるようになっています。生物の進化も、非常に速い期間に起こっているケースがあることが確認されています。
素粒子の世界で成り立っている法則が、すべての物質で成り立つというのは乱暴です。物質は、階層的に成り立っており、それぞれの階層の元で違った法則が働くということではないですか。物理学者が、物理の理論を生物学にあてはめて論じたら誤りを犯します。自然科学者が社会科学の分野で自然科学の法則をもって論じたら誤りを犯すということです。
それぞれの物質の運動は、その物質の持つ運動の法則によって固有の特徴があります。放射性物質の半減期という規則的な変化も、物質によっては数十年、数万年という違いがあります。どの放射性元素が崩壊するかは、非常にランダムで予測不能ですが、同時に半減期は予測できるということではないですか。
生物の細胞の分裂の仕方も、どの細胞がまず分裂するのかは予測不能ですが、細胞分裂は確実に起こります。この変化によって、受精卵は、人間であれば、人間になっていくということです。すべての人間は、何らかの異常を抱えると思いますが、かなりの精度で人間を形成するようですね。分裂に異常が生じると、生物はまともに発展せず、生命の維持もできないということです。
すぐ先のことは予測不能であるけれども、もっと長いスパンで見れば、一定の法則性が確認できるというものは、歴史にもいえるということです。すべてが、カオスの理論で説明できるようにも思いますが、トリノさんの言うように、ほんの少し先のことはすべてカオスに支配されるということではないと思います。
あなたがいう論理を歴史学者に提起すれば、あなたとは違う考え方が出てくると思います。
物質は単純なものから複雑なものに変化してきました。無機物から有機物が生まれ、生命が誕生し、人類という労働と言語とをもった知的生命体が生まれ、社会を形成しています。物理学という基礎的な物質を扱う学問でさえ、非常に豊かな極め尽くすことのできない法則に満ちあふれていますが、化学、生物学というように進んでいくと、より複雑な物質の運動に向きあうことになります。人間にとって解明できないことは、遙かに大きくなります。社会現象に向きあっている歴史学や経済学や社会学は、知的生命体である人間の活動を一度にすべて把握することのできない学問であり、実験のできない分野ですから、物事の本質をなかなか見極めることのできない学問になります。いわばすべての学説が、仮説という側面を抱えざるをえないといういい方もできると思います。そのような難しさや困難はあえますが、それをもって歴史学や社会科学を軽視したり否定したりするのは、間違っています。扱っている対象によって、研究方法が変わるのは当たり前です。自然科学のすべてが実験可能でないことは、考えれば分かることです。
社会科学においても、それぞれの分野で人類が努力してきた到達点を真摯に学ぶ以外に、私たちは真理に接近できないと思います。
何の研究もしていないぼくたちが、自分の底の浅い認識と論理で価値あるものを切り捨てるのは、ものすごく浅はかで乱暴です。歴史学には、歴史学の蓄積があります。お互いに先人の方々の蓄積を学ぶところから始める必要があります。
トリノさんの歴史や社会に対する論理を読んでいると、人類の蓄積から学ぶという視点がどれだけあるのか、疑問が生じます。
やっぱり理解できないのですね・・・僕が量子論を持ち出したのが悪かった。カオスを量子論と混同されてしまった。・・・笑
カオスは重力理論の一つで、現実の世界でも簡単に実験できる現象です。社会現象は実験するのは難しいのですが・・・実は実験ができる社会現象があるのです。それは市場の値動きです。
世界の市場はカオスのあるもので、人間社会に十分な影響を与えています。当然、論理的に証明されているのですが・・・
まあ~この問題も、東芝さんのような信念が入ると論議しようがないのよねぇ~「必然性がある」と信じているんだから・・・僕から言わせればもし「必然性がある」とすると未来は決まっていることになる。とてもとても受け入れがたき主張です。
それと歴史の件ですが、人間は過去の歴史から大きな影響を受けています。だから、神話を勉強するべきだと主張したのですよ。また日本人の場合、聖徳太子の影響を多大に受けており過去の歴史を学ぶできものです。
東芝さんのような、負けた戦争の話だけ・・・ではダメですよ。
必然性の問題と運命とは全く違います。地球の自転や好転は必然性の問題です。トリノさんは必然性=運命のように捉えられているのではないですか。必然性は、万有引力の法則のように、地球上ではすべての物質は地球に引っ張られて落下するし、その落下の速度は数式で表されるように計算できるということです。
ただし、空気抵抗を受けてひらひら舞い落ちるチリのようなものは、落下地点を計算するのは不可能です。一方空気の流れは、そのときどきの大気の状態によって、ある程度は計算できます。しかし、すべての要因を把握して、空気の流れを全部掴むのはものすごく難しく、この空気の流れが特定のチリのような物質の落下にどう作用するのかを把握するのは不可能でしょう。しかし、空気の流れもチリの落下も、それぞれは一定の法則の下にありますが、これらが結び合わさる地点は、偶然的な要因に支配されます。必然と偶然の関係の一つはここにあります。
細胞分裂のようにどの細胞が最初に分裂するのか、というのは偶然に支配されると言われています。分裂は必然的に発生するが、どう発生するかというときに、偶然性を排除できないということです。
運命論は、これとは全く違います。あるときに2階から目薬が落ちてきて、目にうまく入ったとします。この現象が34歳の2月2日に発生した場合、生まれてから34年経った2月2日に、2階から落ちてきた目薬が目の中に入るのは、決まっていた、というのが運命です。こんなことはありません。
生まれた時から34歳の2月2日の出来事が決まっているなどというのは、あり得ない話です。
世の中の自然の法則とカオス理論の考え方を混同しています。世の中の万人が認める必然性はすべて認める。(勘違いのないように・・・共産党の必然性は除きます。)その必然性の世界で、カオスがあり未来は予測できないと言っているのです。つまり歴史はある確率の一つを進んだものに過ぎないと言っているのです。
もし500年前に戻って再スタートした場合、この前の東日本大震災は同じ日に発生しません。当然です。カオスは地球物理学にも存在してズレが発生します。もしかしたら東日本大震災は発生しないかもしれない。それがカオスです。また発生日がズレることで、死者の数が違うというか・・・・再スタートの場合日本の国自体の形態が違う可能性もある・・笑。
歴史家のように、結果の分かった過去を評価するのは馬鹿でもできることです。その証拠に歴史には諸説がいろいろある。・・そりゃ~諸説があって当然です。カオスの中を進んだのですので、原因は不明ですよ。
トリノさんの話だと、歴史学というのは成り立たないということになりませんか。
その結論は、歴史学との対話として得られた結論なのか、それともトリノさんの頭の中で発生した結論なのか。どちらでしょうか。
歴史学というのは、大学では単独の学部が存在せず文学部の一学科としてある学問です。文学部なので科学ではありません。歴史の事実を調べる学問で、真理を追究する学問ではない。学者によりいろいろ学説があるかもしれないけど、正しいかどうか調べようがありません。実験できないので・・・まあ過去の歴史を調べて、その歴史に勝手な推測を付け加える学問。それが歴史学です。文学というか小説にに歴史小説が多いので事実と創作が混在する傾向にある。まあ~過去のことを語るのは誰でもできるので・・・・簡単といえば簡単。また真贋が証明できないので歴史学者の説には相当嘘があると推測できます。
それと、歴史論?・・・別にぼくは歴史論をしている訳じゃないですよ。未来は予測できない。過去はいくらでも批評できることを言っているのです。
第二次世界大戦の教訓・・・
①アメリカを本気で怒らせると、えらい目にあう。
②アメリカ軍とは仲良くしなければいけない。
③アメリカの経済圏に入ると豊かになる。
④シベリア抑留からロシアとはあまり仲良くしてはいけない。
⑤ロシア経済圏に入ると貧乏になる。
まあ~そんなところ。
だから、アメリカ軍を敵視するような共産党の政策は自殺行為に等しい愚かなものです。
なんかもりあがってますね
東芝さん・・・
残念ながらあなたの歴史観はしょせん結果論なんですよ
トリノさんのいうとうりです
後だしじゃんけんなんです
卑怯者だという事です
事後法で裁いた東京裁判史観そのものなんですよ
戦前の国際関係は現在よりも遥に弱肉強食の世界でした
でもそれがその時代では当たり前の事だったんです
ぼくは、歴史学に造詣の深い方を少し知っています。かつらぎ町の町史を編纂した方です。高校の歴史の先生でした。大学の学者ではありませんが、この方は、史実を探究するという点で、極めて厳密な方です。個人的には大河ドラマなどは、全く見ないという方です。歴史は、史実(資料)に基づいて明らかにするものであって(もちろん、各資料も複数のものにあたって、資料そのものが事実なのかどうかを見極めることが必要です)、資料のないものを人間の創造によって埋めるわけにはいかないという態度をとっています。この方は、第二次世界大戦についても、日本が侵略戦争をした事実は、否定しようがないという態度を取られています。
日本の歴史学の圧倒的多数は(第二次世界大戦における日本の侵略戦争を否定している人は、歴史学から言えば、批判に耐えられませんが)、日本の侵略戦争を否定できないという態度を取っています。これは、当たり前の話です。自由史観の方々が、どんなにがんばっても、膨大な歴史的事実の前では、日本の侵略戦争を否定できません。
一例を引いておきましょう。
北岡伸一さんという歴史学者をご存知でしょうか。ウキペディアによると、肩書きは、国際大学学長、政策研究大学院大学学長特別補佐・特別教授、東京大学名誉教授、法学博士(東京大学、1976年)。元国連次席大使(2004年4月から2006年8月まで)となっています。
北岡氏は、昨日2月27日に自民党本部で非公開の講演(「日本の名誉と信頼を回復するための特命委員会」(委員長・中曽根弘文元外相)の会合)を行った方で、東大教授をへて現在、戦後70年の安倍晋三首相談話に関する政府の有識者会議「21世紀構想懇談会」で座長代理を務めています。氏は、安倍内閣のもとで「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員に任命され、今は座長を務めています。氏は、集団的自衛権について、最小限度であれば憲法改正せずとも行使可能だと主張し、活動範囲についても「論理的には地球の裏側まで、極論すれば地球外でも。宇宙だろうがどこだろうが行くかもしれない」と言っています。つまり、北岡氏は、歴史学者として安倍政権のブレーン、自民党のブレーンになっている学者だということです。
こういう活動を行っている北岡氏ですが、第二次世界大戦については、日本の侵略は自明のことだと書いています。書かれている本は、第1次安倍内閣が2006年に立ち上げた「日中共同研究」の報告書(『「日中歴史共同研究」報告書』全2巻)です。この委員会のメンバーは日中の専門家それぞれ10人、この中で北岡氏は、日本側の座長を務めています。
北岡氏がこの本に書いた「刊行のことば」を引用しておきます。
「日本が侵略したということを認めたことを批判する声があった。しかし、日本が侵略したことは自明のこと」「こういう声が上がるのは、日本における歴史教育が不十分な証拠である」
この報告書は、南京大虐殺について、「集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した」(報告者は波多野澄雄筑波大学教授、庄司潤一郎防衛研究所第1戦史研究室長)と書いています。
安倍首相が「後世の歴史家が判断する」とか、「侵略の定義は定まっていない」と国会で答弁しても、歴史学者は、事実を踏まえて日本の侵略戦争を認めざるを得ないということです。
まじめに歴史に向きあえば、北岡氏のように歴史的な事実を認めないわけにはいかないということです。歴史の事実を勝手に解釈して、後出しジャンケンをしているというのであれば、安倍さんのもとで研究している「日中歴史共同研究」も全部後出しジャンケンになります。
ぼくが展開した「日本は侵略戦争を行った」という考え方を切って捨てていただいても一向にかまいませんし、トリノさんとけんけんさんが、へんてこな論理に意気投合して盛り上がっていただいても結構です。しかし、実証的研究に基づく「日本の侵略は自明」だという結論を切って捨てるのは、間違った歴史観を切って捨てているつもりが、自分の値打ちも一緒にゴミ箱に捨てていることになります。自虐史観なんて歴史にとっては何の関係もありません。日本の侵略戦争は揺るがない事実です。それは、膨大な歴史の事実によって「自明のこと」だということです。
北岡氏の言葉を借りれば、トリノさんやけんけんさんには、責任がないのかも知れません。責任は、「日本における歴史教育が不十分」なところにあります。ご安心ください。
極めて右翼的な潮流が、日本の歴史を歪めようとしていますが、事実を踏まえないで雄叫びを上げているだけのことです。「日本における歴史教育が不十分」な中で、エンジンの空ぶかし状態が広がっています。空ぶかしをやめてアイドリングをストップしましょう。
東芝さんは、事実追求と真理追求を混同している。事実追求というのは、リンゴが木から落ちるのをくまなく調べて、「リンゴは木から落ちる」ということを認識することです。
真理追求は違います。りんごが木から落ちる隠れた理由を、万人が認める数式で引力が働くことを示すことです。
歴史学は、書いたように文学部に分類される学問です。文学は簡単に言うと本を読んで、その感想を述べることです。当然その感想は万人いろいろで正解がありません。歴史学も同じです。歴史を調べてその感想を述べることです。文学と同じ正解がありません。また史実を追及するのは事実を追究するだけで、真理(歴史の原因)を追究することではありません。というかカオスの確率を進む歴史の理由は分からないものです。
本を読むんで感想をのべることができるように、歴史を調べて感想を述べることは誰でもできます。
東芝さんの歴史観は、歴史の一つの感想に過ぎません。万人いろいろな感想があるので・・・正解は分からない。それが歴史を読むことです。
【この報告書は、南京大虐殺について、「集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した」(報告者は波多野澄雄筑波大学教授、庄司潤一郎防衛研究所第1戦史研究室長)と書いています。
安倍首相が「後世の歴史家が判断する」とか、「侵略の定義は定まっていない」と国会で答弁しても、歴史学者は、事実を踏まえて日本の侵略戦争を認めざるを得ないということです。】
本当に冗談じゃありません
当時の中華民国の首都の南京を当初国民党軍は南京を死守する考えでした
わずか11日で蒋介石は南京の放棄を決定します
日本軍に包囲され退路をふさがれた国民党軍は超・超大混乱となりました。
国民党軍は脱出する為、軍服を脱ぎ捨て民間人の家に押し入り略奪・強姦し虐殺し放火した。
国民党軍は脱出する為、軍服を脱ぎ捨て民間人の家に押し入り略奪・強姦し虐殺し放火した。
国民党軍は脱出する為、軍服を脱ぎ捨て民間人の家に押し入り略奪・強姦し虐殺し放火した。
というのが歴史の真実です
その事を東京裁判で日本の仕業だと言いだす
本当に卑劣極まりない民族です
民間人の私服に着替えての逃亡
我々日本人には到底考えも及ばない発想です
ちなみに当時のハーグ陸戦法規第三款42条で
ゲリラは即処分されるのも当然であったんです
日本陸軍の参謀本部は南京攻略作戦の事前に
「軍紀風紀を特に厳粛にし」という厳格な規制策(南京攻略要領)を通達していました。
世界一軍紀の厳しいと言われていた日本陸軍です。
【日本陸軍が民間人の家に押し入り略奪・強姦し虐殺し放火した】
正直そんなことありえません
中国人が中国人を殺した事が日本の責任なんでしょうか?
日本陸軍は民間人を40万人虐殺したんでしょうか?
毛沢東は生涯ただの一度も南京虐殺などということを言っていません。
当時の中国国民党が行っていた300回の記者会見においても言及されたことも一度もありません。
【第1次安倍内閣が2006年に立ち上げた「日中共同研究」の報告書(『「日中歴史共同研究」報告書』全2巻)です。】
相当に考えられ政治的・国際関係的に配慮された報告書です
東芝さんの歴史観は
ねつ造・歪曲の歴史観でしかありません
戦後の歴史教育の被害者とも言えます
【北岡氏の言葉を借りれば、トリノさんやけんけんさんには、責任がないのかも知れません。責任は、「日本における歴史教育が不十分」なところにあります。ご安心ください。】
歴史教育が不十分なのは東芝さん・・・
東芝さん・・・
あなたです
けんけんさん、反応していただくのは、ありがたいですが、かみあっていませんよ。北岡伸一さんの言い分に反論すべきです。ぼくは、この方の見解を活用して、日本の侵略は自明のことだと言っただけのことです。
トリノさんのコメントも、北岡伸一氏の主張に対する反論になっていないと思います。歴史学の定義をトリノさん流に言っているだけで、トリノさんの主張は、歴史学の定義からものすごく離れていると思います。
トリノさんの主張で言えば、歴史学は、もはや学問ですらない。
論議そのものが成り立たない世界になります。
ぼくが、第二次世界大戦は日本による侵略戦争だったといい、
トリノさんやけんけんさんが、第二次世界大戦はアジア解放の戦争だったといっても、どちらも、単に感想を述べているだけであって、どちらでもいいということになります。トリノさんの主張どおり、歴史学がそういうものである場合、議論することさえ無意味になります。ぼくが第二次世界大戦について書いたことに対し、トリノさんは過去のコメントで反論してきたこともあると記憶しますが、反論する行為さえ、全く意味のないものになるでしょう。
なぜ、トリノさんは、ぼくが書いたことに反論したくなったのか。それは、ぼくの主張が間違っていると感じ、正しいのはこちらだ、という思いをもって書いたのではありませんか。
歴史には何が正しいのかというものがそもそもない、という立場を貫くのであれば、東芝さんの見方も一つの見方、ぼくの見方も一つの見方、どちらも成立するということになりはしませんか。
歴史問題に対するトリノさんのコメントは、自家撞着に陥っています。
歴史学と現在世界を分析するというものとの間には、境界線はありません。社会的な分析と歴史的な分析とは方法として同じです。社会の分析のためには、経済学が必要ですが、歴史を分析する場合も、経済学は当然必要です。トリノさんの主張が正しいのであれば、現在社会について論じることも歴史について論じることも、ほとんど意味がありません。お互いに何が正しいのかということではなくて、感想を述べているだけですから。
事実と真理は違うという下りは、哲学的ですね。面白い。事実と真理は基本的には同じです。事実は現象を含んでいますが、真理というのは、現象を形成している物事の本質を指しています。しかし、現象のない本質はあり得ません。本質というのは、現象を通じて現象の中に物質的基礎をもって含まれているものです。本質は、現象から人間の脳を通じて抽象的に認識されるものではなく、たえず本質は物質的な基礎を持っています。
事実と真理の境界線はありません。ある場合、事実=真理でさえあります。厳格に言えば、事実は現象を含むものであり、真理は、この現象を形成している本質を指しているということです。
そもそも北岡氏の日中共同研究の議論の中心点は、
侵略とか南京虐殺とかを否定するんじゃなくて、
当然の前提として認めた方が、
はるかに攻勢に回ることができると国益になるという戦略があったんです。
もしあの時の日本や中国や世界中が注目していた日中共同研究の議論で
「侵略戦争ではなかった、南京大虐殺はねつ造だった!!!」
と言ったらどうなってしまうのでしょうか?
議論は紛糾し一歩も前に進めなく守勢となるのは自明です
これは日本政府と中国政府が合意して開いた日中共同研究なんです
村山談話や外務省の公式見解で、侵略と南京事件を認めているわけですので
認めざるを得ないわけです
単なる我々のようなしょぼい議論ではないんです
極めて高度な政治的判断が含まれているんです
侵略戦争や南京事件の否定は
国際的にも今後の外交交渉の上でのアドバンテージも失いかねませんし
中国国内や韓国で反日デモや日本製品の不買運動が起こる事は簡単に予測できますよね
さらにはサンフランシスコ平和条約や東京裁判をも否定することに繋がるんです
戦後の世界秩序そのものをひっくりかえすことになりかねないんです
過去も現在の世界も依然として弱肉強食の世界なんです
当然日本の反逆をアメリカも許さないでしょう
現状の国際舞台の前ではあまりにも国益を損なう行為でしかないのです
本当に無念ではありますが東芝さんのいうとうり侵略戦争を認める事が
今の世界関係では日本の国益にかなっているんです
中国側は、日本側の歴史学者が日本の侵略を認め、
南京虐殺の存在を認めたことが共同研究の成果だといって声高に喧伝しました。
その中国側の主張を東芝さんは鵜呑みにし、
鬼の首を取ったがごとくですよね
東芝さん
あなた勘違いしてますよ
北岡氏は日本の国益を重視しただけです
戦略的な思考を持った歴史学者です
東芝さんとは正反対の思想をもっています
【「入学してくる学生は、日本は悪いことをしたと本当に思い込んでいるので、
思い込みをとるのに困る」
「GHQは、日本の民主化をしたのではない。日本の無力化です。
欧米の冷徹な国家の論理です」】
これは実際の北岡氏の言葉であり東芝さんの思想とは絶対に相容れませんよ
北岡氏から言わせればあなたは単細胞的にいまだに日本の無力化に加担している側でしょう
北岡さんがそういう思想を持っていたとしても、第2次世界大戦は日本の侵略戦争だったことを認めているということです。けんけんさんもお認めになるべきです。歴史の事実ですから。