志位さんのゼミと響き合っていた

雑感

昨日書いた資本主義の下での生産力という文章は、志位さんの資本論の学生オンラインゼミの第4章「生産力の発展が労働者にもたらすものは何か」というところと響き合うものになっている。生産力=必要悪なのではない。資本主義の下での生産力は、地球環境破壊というような側面をもちつつ、社会と人類(個性も含め)を発展させるという積極的な側面を合わせ持ち、負の部分と正の部分とは、生産力という一つの物の中に存在する二つの側面という特徴をもっている。生産力の正の部分は「有用的具体的労働の生産力」であり、労働によって生み出された商品や道具の中には、惚れ惚れするほど素晴らしいものが含まれている。

トヨタや日産、ホンダの車に惚れ込んでいる人がおり、ぼくのようにMacというコンピューターをこよなく愛しているという人がいる。それは、資本主義の下であっても、人々を魅了する商品生産というものは、現実に存在し、人々を虜にするだけの魅力に満ちている。人間の労働を支えている道具類の中にも、見事な製品は数多く存在する。そういうものを作っている現場は、過酷な搾取の現場であったとしても、具体的な有用物の生産というところには、労働者としての誇りがあり、商品生産過程には深い喜びがある。搾取によって苦しめられている過酷な労働現場の中にも、労働者としての誇りや喜びがある。だからこそ、労働者は、働くものの誇りを胸に抱いて、労働条件の改善を求めるのだ。

ここには弁証法が存在している。
アップルという会社も、商品生産には誇りと確信をもち、革新的な技術を注ぎ込んで製品の生産をおこなっているのに、税金の問題では、中国で生産したMacを一旦、税金のかからない国に輸出したことにして、日本に輸入するという形をとってきた。こういうずる賢いことをする。そもそも中国で生産を続けてきたのは、できるだけ安い労働力を確保したいというものだった。

志位さんはトヨタでの生産の紹介をしているが、1995年の生産現場で、労働者は8時間労働の中で、毎日19キロメートル走って車を組み立てている。いかに効率よく、無駄なく生産させるかという管理が、こういうものを生み出す。赤旗は、Amazonの倉庫で働く労働者の実態も告発したことがあったが、まさに巨大な倉庫の中を人間が縦横に走って作業をしていた。

大阪は、その日の昼過ぎに注文しても、その日に付くケースが多いのだという。まさに過酷な作業による商品配達のなせる技だ。それでも、資本主義的生産はひどい、過酷だ、非人間的だということだけでは片付かない。そもそも労働には喜びがある。という点をマルクスは見失わなかったし、資本主義的生産が次の高度な社会を準備するのだということを明らかにしたことは、素晴らしいことだと思う。資本論は、資本主義社会への恨み節などでは全くないという点を学び取ることが、大切な視点の一つになる。

ぼくはそう思っている。

雑感

Posted by 東芝 弘明