閉じないで開かれた環、丹生都比売神社

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昼から高野山大学でおこなわれた「丹生都比売神社史刊行記念シンポジウム 神と仏の相和する社」に参加した。会場は高野山大学講堂だった。
日本の宗教の面白さは、外国から伝来した仏教や儒教などが日本古来の神道などと習合し共存しあったところにある。弘法大師は、丹生都比売神社に許しを請い、山を鎮める神に守られて高野山に根本道場を開いたとされている。今回は、丹生都比売神社の側から見た神仏習合の歴史を語るものだったが、この流れと合わせて、真言宗である高野山の歴史から神仏習合を見ていくと、さらに重層的に面白いものが見えてくるような気がする。
1400年の神道の歴史の中で、廃仏毀釈以後の140年間ほどは、神道と仏教を分離するような流れが強められたが、それまでの9割の歴史は神仏習合の歴史だったという話は興味を引いた。明治以後の天皇制が、過去の流れを断ち切るような役割を果たしていたことにも興味がわく。
日本古来の伝統は、国家による純粋な神道にあるのではなく相互依存的、共存共栄というものだった。
明治以降の天皇制が、なぜ原理的になり排他的になっていったのか。なぜ神道を国家のモラルの中心にすえて、国民の精神を統合しようとしたのか。こういう視点から明治維新後の歴史を読み取っていくのも面白いだろう。
閉じないで開かれた環。ここに日本の哲学の一つがあるのかも知れない。

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Posted by 東芝 弘明