『Moon River』

雑感

オードリー2

オードリー1

MoonRiver

オードリー・ヘップバーンが好きだった。彼女を最も綺麗に撮った映画は、『マイ・フェアレディ』だった。事務所のテレビでこの映画を見たときに、横にいたTさんが、「綺麗やなあ」とため息をついた。
彼女が出た映画のいくつかを観たのも『お楽しみはこれからだ』(和田誠著)による。ラストシーンで一番印象に残っているのは、『ローマの休日』だ。
アン王女とジョーの気持ちが痛いほど伝わってくる。書きためていたノートに、このラストシーンを書き起こしたことがある。

マスコミの記者の人々を前にして、王女の記者会見がはじまる。その中にジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)がいる。
何人かの記者が質問をし王女が答えた後、ジョーが発言する。
「自社を代表して一言、王女様の信頼は決して裏切られることはないでしょう」
王女は彼を真っ直ぐ見て言う。
「そのお言葉をお聞きし大変嬉しく思います」

2人だけに通じる言葉のやり取りがそこにある。
ドルトン・トランボがこの映画の脚本を書いた。トランボは、アメリカ政府による赤狩りの中で議会侮辱罪に問われ、有罪になったハリウッド・テンと呼ばれた映画人の一人だった。脚本家として公表されていたイアン・マクレラン・ハンターは、トランボのために名前を貸していただけだった。このエピソードは、オードリーがレジスタンス活動に協力していたことなどとともに記憶に残るもにになっている。

彼女が主演した映画『ティファニーで朝食を』で、窓に腰掛けてギターを弾きながら歌う曲が『Moon River』だった。オードリーが32歳の時の作品だ。この映画は、彼女の歌が聴けるもののひとつ。『マイ・フェアレディ』の時は、歌の90%ほどが吹き替えられてしまい、彼女の歌声がほとんど聴けなくなっている。歌が下手なわけではない。曲と彼女のキーが合わないというのが吹き替えの理由だった。

窓に腰掛けてホリー(オードリー)が歌う『Moon River』に惹かれてポール(ジョージ・ペパード)が上の階の窓から彼女を見つめる。歌い終わった彼女が彼に気がつく。

『Moon River』はこの映画の主題歌だった。冒頭タクシーから降りたホリーがティファニー(宝石店)の前でウインドウ越しに店の中を見て、パンを食べるシーンにもこの曲が流れている。彼女の着ていたドレスは、ユベール・ド・ジバンシィがデザインしたもので、映画史上最も有名になったドレスだと言われている。
「ヘプバーンはこの役を『人生最大の派手派手しい役』と呼び『実際の私は内気な性格なのです。このような外向的な女性を演じることはかつてない苦痛でした』と語っている」(ウキペディア)。
原作の小説から随分設定が変わり、作者(トルーマン・カポーティ)から酷評されたし、出演したオードリーからも嫌がられたような映画だったが、この映画は大きなヒットを記録した。この映画は、世の中に受け入れられるという点で、面白い経緯をたどった作品になっている。

この映画を見たとき、1960年代初めの映画には、未来に対する夢や希望があったと感じた。アメリカ社会の病的な感じがまだ映画の中に色濃く反映していない。映画は見る人に夢や希望を与えてくれるものだったという感想をもった。
映画にしても歌にしても、どうしてもその時代を作品の中に反映する。時代の空気感というものが作品に現れる。それは、人々の生活も同じ。私たちは、すべて時代の中で生きている。時代の状況を突き抜けて芸術が生まれることはない。
政治や社会のこととは無関係のような作品群が、時代の中で生まれてくる場合でも、結局はその時代の制約のようなものが影を落とす。

娼婦まがいのことをしているホリーとお金持ちの女性をパトロンにもつ作家志望のポール。『ティファニーで朝食を』はこんな2人を描いた映画なのに2人の純粋な恋愛を描くものになっていた。2人がティファニーに行って、お菓子のおまけに付いていたオモチャの指輪にネームを入れてもらうよう頼むときの年配男性店員との会話が素敵だ。このシーンも文章に起こしたことがある。このときの指輪が、ラストシーンで2人を結びつける。土砂降りの雨の中で、探し出したネコを真ん中にして抱き合いキスした2人のことがいつまでも記憶に残る。

一度聴いただけで『Moon River』が好きになった。この曲は最近、手嶌葵ちゃんがカバーしている。彼女のささやくように歌うのにも心惹かれる。

さて、そろそろ、曲に対する思い出を書くことはおしまい。こういう話ばかり書いていると、世間のリアルタイムな問題からブログが離れて行く。日常のことに戻りながらブログを書くようにしたい。ときどき、思い出したように曲の思い出については書きたい。でも、歌について書くのは、妙に面白い。

雑感

Posted by 東芝 弘明