人生の年輪
通年議会の初日の議会があり、午後から議会広報編集委員会が開催された。5時30分過ぎに終了したので、そのまま橋本市で行われた食事会に参加した。
その席で、ぼくが日本共産党に入った頃の話について問いかけられた。
その当時の頃の話をすると、人間には、その人の生き方の原点のようなものがあるというように言われた。
話を聞きながら思ったことがある。
人間の人生には、それぞれの人が生きてきた中で、年輪のように刻み込まれるものがある。年輪が刻まれる渦中にあるときは、必死だったりするので、それが深い年輪になるのかどうかさえ分からないことが多い。しかし、人生の中で発生するさまざまな出来事と、そのことへの対応がクッキリとした年輪になって刻み込まれていく。
作家藤原審爾さんは、人間は必死に生きないと成長できないという意味のことを書いていた。必死に生きている人間が、自分の人生をふり返り、刻み込まれた年輪を見つめることは、意味深いものだということを考えさせられた。
時が経つと自分の歩んできた道筋が年輪とともに見えてくる。時間が経ってから歩いてきた道と年輪を見つめ返すと、新しく見えてくるものがある。それは、自分の人生を慈しむことにもつながる。たった一度しかない人生。今という瞬間は、もう2度と訪れない。人生の中で判断し実行したことは、やり直すことができない。人間は、1日を生き、1週間、1か月、1年を生きているが、生きてきた道が、自分で歩んできた道になる。
「ぼくの前に道はない。ぼくの後に道はできる」
という高村光太郎さんの詩は真実を語っている。このかけがえのない道を、時々振り返り、年輪と歩んできた道を見つめることは、自分の生き方を見つめることに他ならない。そういう行為が、未来に向かう力になる。
17歳で母が死んでから30歳になるまでは、波瀾に満ちた出来事が重なった。その一つ一つが今の自分を形づくる力になった。30歳以降、幸いにも家庭をもち、家庭を土台にして、安定して議員活動に打ち込むことができるようになった。議員になり、いろいろな人に出会い、その出会いが自分の幅を広げてくれた。自分の主張ばかりする傾向に変化が起こり、人の話をじっくり聞くことが楽しみになった。30代後半からは、それまでの人生とは違うものに変わっていったが、それは新しい影響を自分に与えてくれるものになった。
人には、それぞれ深い人生がある。人々はさまざまな人生を折りたたんで生きている。人間の尊厳を守るということは、折りたたんでいる思いや生き様も含めて、大切なものだと認識して、共有することとつながっている。相手に敬意を払うということは、相手を尊敬する気持ちをもって接すること。それは、一人ひとりのかけがえのない人生に心を寄せることと無関係ではない。
相手の人生に対し、それを慈しむような心根をもって接しているかどうか。そういう心根は、以心伝心、相手に何らかの形で伝わっていく。相手に敬意を払うというのは、心根の問題だと思う。口先だけで敬意を払うような態度を取っても、いつかそれは相手に見抜かれる。
ぼくは、自分が入党した頃の話をしながら、こういう思いを抱き始めていた。
人間の人生には年輪が刻まれていく。生き方の節目、原点になるような年輪の話を聞かせてもらえるような、そんな接し方をしてみたい。









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