中島みゆきさんの『歌縁』

雑感

自宅の掃除をした後、録画していた歌番組を見た。この番組は、中島みゆきさんに縁とゆかりのある女優と女性シンガーが、中島みゆきさんの歌をカバーする「歌縁」(うたえにし)という名のコンサートの収録だった。
中島みゆき。
この人は、詩人なのだと思う。詩人でありものすごく幅の広い曲を書ける人。自分の思いを具体的な物語や表現に折り込んで「歌」というものにして多くの人の心を揺さぶり続けている人だと思う。現代詩は、優れた書き手であっても多くの読者を得ていないのだと思うのだけれど、「歌」はひとたび人々の心をとらえると、多くの垣根を越えて物語を紡ぎ出していく。
一つの曲を作るために中島みゆきさんは、どれだけ魂を削っているだろうか。
なぜこんな歌詞が書ける?と人は言うだろうけれど、書くための膨大な努力は誰も見たことがない。まるで鶴の恩返しのお通のようだ。違うのは、曲を作っても泉は枯れない。泉はさらに豊かになる。お通のようでありながらお通ではないという地点に中島みゆきさんは立っている。

中島みゆきさんには『糸』という曲がある。多くの歌い手がこの歌に惹かれ歌っている。
歌が縦糸だとすると歌に心惹かれるリスナーは、横糸だと思う。日常の生活の中で歌を受けとめる人々には、具体的な生活や思いがあり、歌に出会うことによって、新しい思い出や記憶が生まれる。歌は、縦糸と横糸によって新しい物語を語り始める。

「歌縁」の収録の中に大竹しのぶさんの歌う『化粧』があった。好きな人に最後に会いに行くとき化粧をする女性が、きれいに化粧をしたいと思う。そういう心情が痛く伝わってくる歌だった。この歌を大竹しのぶさんは、女優として演じて見せてくれた。歌い方はセリフを語る劇中の人そのものだった。歌を聞きながら、映像を見ながら泣いてしまった。
坂本冬美さんは、『雪』を歌った。この歌は1981年3月にリリースされたのときの『臨月』というアルバムの中に収録されている。誰かが書いていた。『時代』は、中島みゆきさんのお父さんが入院していたときに、お父さんのことを思って書いた歌だと。この『雪』は、お父さんが亡くなったときに書いた歌だと。

この歌い出しに、思いが重なった。ぼくの中に蘇ったのは母だった。高野山に向かう柩を包み込んだのは、舞い落ちる雪だった。この歌を歌った坂本冬美さんは、もしかしたら自分の父への思いを重ねていたのかも知れない。

歌への思いが深く刻み込まれた歌縁だった。詩人の歌が女優と歌手のみなさんに受けとめられて、新しい命を吹き込まれて見る人に届けられる。そこからまた新しい物語が始まる。この番組を見て、聴いて心動かされた人の中から新しい詩人や歌手が生まれてくる。

雑感

Posted by 東芝 弘明