商品の二つの側面
商品の使用価値と価値のことについて、考えて調べ始めると眠れなくなった。使用価値と価値との間にはどのような関係があるのかという点については、価値がどのようにして実現するのかという点について、論理を展開している文章が多い。それは、商品分析を通じて進んでいくべき道なので当然のことだ。
商品が生まれる歴史的過程のなかで、商品の中から貨幣となるべき商品が相対的に独立して、一般的等価物として貨幣が成立し、商品交換の仲立ちの役割を果たして交換が盛んになる。この中で価値が交換を通じて実現する。たとえばパンが100円玉と交換されることによって、パンを生産した人は100円を手に入れ、その100円でジュースと交換すると、パン──100円玉──ジュースという関係が成り立つ。
とまあ、こういう考察を極めてていねいに行っていき、商品が貨幣に転化するためには「命がけの飛躍」が必要であり、ここで商品の中にある使用価値と価値との間の矛盾を説明するということがなされている。使用価値をもった商品は、交換されて初めて買った人のもとで使用価値として活用される。パンであれば、100円で買われたことによって初めて、食べられて空腹を満たすということが実現する。交換されなければ使用価値は実現されず、場合によっては廃棄処分となる。
このようなことについて、丹念に文章を読んでいると、それだけで面白いのだが、この問題とは違った側面について考えて見たいと思っている。それを追いかけるためには、少し時間がかかりそうだ。









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