一般質問では徹底的に調べたことを問うべき

雑感

今日は1日会議があり、そのあと議長の新堀さんのお義母さんのお通夜に参加した。議員による会議では一般質問のテーマについて協議した。議員による一般質問は、徹底的に調べたことを聞くというものだとつくづく感じた。知らないことを質問するというのでは全くない。質問という形をとりながら相手に対して問い質し、必要な回答を得ていくというものだ。知らないことは、事前に聞いて明らかにするし、事実関係は徹底的に調べておく。

この問題に対しては、こうなるはずだがいかがか?という問いを立てながら、こういうことを実現していただきたいと迫っていく。「実現していただきたい」といいうことも、お願いではない。このテーマについては、こうすべきだという観点から実現を迫っていくというものになる。

「おたずね」や「お願い」のような質問を避けるためには、徹底的に調べて政策を実現する筋道を明らかにする必要がある。施策の意義を強調すれば、当局が質問をくみ取ってよりよいものを生み出してくるなどというものは、基本的にはあり得ない。

例えば震災対策。
「地震対応の重要性が増しているので、震災対策の意義を踏まえて防災対策を強化すべきではないか」という質問があったとしよう。こういう質問は、ほとんど何の苦労もしていない「問い」に過ぎない。こんな質問だけなら、一般質問は準備なしにでもできる。
こういう問いに対して何かが実現することはあるだろう。しかし、このような問いに対してよい施策が実現したとしても、それは議員の質問によって施策が実現したとは言いがたい。

ほとんどの質問には、対案や積極的提案が必要になる。現実は具体的なので、質問は具体的でなければならない。抽象的な思考は、質問を実現するためにはどうしても必要だが、相手にぶつける質問は具体的でなければならないし、実現したい新しいものがあるのであれば、具体的な提案がどうしても必要になる。

知らないことを知るための質問は、日常の議員活動の中で、具体的に問えばいい。そういう質問は、一般質問の中の「質問」ではない。知らないことを問う質問になっているのであれば、そこからどう脱却するのかが問われている。

知らないことを尋ねるな。徹底的に調べたことを問え。

雑感

Posted by 東芝 弘明