国の対策は間違っている

雑感

新型コロナ対策について、国の対応を見ているとかなり嫌な気持ちになている。最も肝心な対策は、PCR検査の徹底にあると思ってるが、国はこの検査をまともに拡充しようとはしていない。東京の発生者数が多かったり少なかったりしているが、報道を見ていると、それらは検査数に左右されている。検査数が多ければ、発生者数も多い。

全体の状況を把握しようとしていないまま、緊急事態宣言を伸ばしても、何を原因として感染が拡大しているのかさえ正確には分からなくなっている。都市部では、市中感染が広がっているので、移動を避けたとしても、家族の中に感染が広がる可能性が高い。連休明けに仕事を再開して、公共交通機関による通勤が再開したら感染がさらに広がるのは目に見えている。和歌山県でも伊都・橋本地域で感染が広がっているのは、大阪の関係によっている。電車で通勤している人が多いので、どうしてもこの関係で感染者が出てきてしまう。感染者を徹底的に把握して、ホテルなどを活用して感染者と被感染者を分けて対応しないと感染爆発を抑えることはできない。

この当たり前のことが、大胆に実行されていない。韓国を批判する人が日本には多いが、韓国はコロナ対策の基本に民主主義をおいた。徹底的に取り締まるように強制力を発揮し、隔離して対策を講じていた過去の経験を踏まえて、徹底的な情報公開と国民への協力を土台に、民主主義の力で感染対策を行った。韓国の経験を踏まえて、対策を講じたのはドイツだった。ドイツのメルケル首相の国民への訴えは、感動的だった。

日本は、民主主義の力でコロナ危機を乗り越えようという訴えはない。国の補償が十分行われない中で、人と人との交流を8割減らせという訴えを行っても、通常通り仕事を行なっているし、平日の交流はそんなに減っていない中で、通勤ラッシュの問題などは対策の対象にはなっていないし、感染した人と通勤客の問題への論及はかなり少ない。パチンコ業界が休業要請に従わないと言って批判して、法的には強い氏名の公表と「指示」を出すと言っているが、これは実際は、ごく一部の現象に過ぎない。なんだか従わない奴が悪いというスケープゴート的なものになっている。

「従業員の給料を補償するので休業を要請する」とすれば、全パチンコ店の休業は実現する。営業しているパチンコ店にお客さんが殺到しているのは、いかにパチンコ店がギャンブル依存症を生み出しているのかということだし、この経験は、カジノを日本で導入してはならないということを示しているということだ。それでも、休業すればお客さんはパチンコ店に殺到することはできない。

緊急事態宣言を延長して感染爆発を抑える。そのために徹底的なPCR検査と国民への徹底的補償を行う。事業者を守る。医療機関を経済的に支える。こういう方針を基本にすれば、展望がひらけてくるだろう。そういう形が鮮明にならないままでは、緊急事態宣言による廃業、倒産、解雇などが重なって、コロナ対策と同時に人間による経済対策のなさによって、日本が壊れてしまう。コロナ感染で亡くなる人とともに、国の経済対策で社会的な「死」に等しい事態が生まれてしまう。

大企業に対して返すことのいらないファンドを1000億円組み、大学生の授業料免除対策には7億円しか組まない国は、優先順位や対策の根本を見誤っていると言わなければならない。政府を批判しないで、国民が一致団結してこの危機を乗り切ろうという言い方がある。しかし、問われているのは、民主的な政策判断であり、緊急事態時の税金の使い方、再配分ではないか。これが不十分だったら意見を言うのは、当たり前ではないだろうか。

新型コロナに対する国の方針はできが悪い。世論や野党が指摘をし、批判をし、改善を求める中で政策が変化している。国民の目の前で起こっているのは、国会が民主的に機能する姿だ。安倍内閣の独断先行が議論を通じて改まっている。ここに希望がある。

憲法改正を求める声が強まっている。憲法の緊急事態条項を求める声が大きくなっている。しかし、憲法が規定する緊急事態条項は、現在の新型コロナの緊急事態宣言とは全く違う。緊急事態条項は、内閣に法律を発する権限を与え、国会を開かなくてもいいようにする。今、国会が盛んに機能している姿とは似ても似つかない。憲法の緊急事態条項は、このことを理解した上で判断すべきではないだろうか。

雑感

Posted by 東芝 弘明