アメリカの民主主義
コロナ禍の中でアメリカのミネソタ州ミネアポリス市では、白人警官がジョージ・フロイトさんの首を膝で押さえつけ殺害した事件が起こった。この事件に抗議するデモが全世界に広がり、「黒人の命は大切だ」という言った絵に共感が寄せられている。この中でミネアポリスでは、市議会議員団が、7日、市の警察組織を解体し、再生すると宣言した。
日本と違うのは、ミネアポリス市議会が市の立法府として大きな権限を持っていることだ。市に市警察があること自体、日本とは違う。日本の警察は都道府県単位だ。東京都には都独自の警視庁があり、日本の都道府県が雇用した道府県警察を管轄しているのは警察庁だ。ミネアポリス市の市議会は、市の警察を解体し再生する議決を行なったということだ。市長の権限は小さいと書かれているので、市長が議員を兼ねていない感じがする。歴史的には、犯罪を抑えるために警官の増員を行なってきたようだ。
警察組織の解体と再生が必要だという判断が出てきたのは、歴史的なことである可能性が強い。しかし、アメリカは、住民が運動を行えば、かなり速いスピードで政治が動く感じがする。日本の政治機構は、全国どこも同じ仕組みで動いているが、アメリカの州の成り立ちは、多様性に富んでおり、一様に表現することはできない。州の成り立ちも州によって違う。州は一つの国家としての形態を持っている。今回の殺人事件でトランプ大統領は、州兵の動員を行ない、他の州からも州兵を動員した。州に軍隊があるということだ。日本に置き換えてアメリカを論じることができないのは明らかだ。
しかし、アメリカの仕組みの違いと日本を比較すれば見えてくるものもある。日本の戦後の地方自治はアメリカと日本によってつくられたものだ。日本の地方自治の首長の権限は非常に大きい。それに比べて議会の権限は小さい。ここに首長による独裁を生み出す仕組みがある。戦後地方分権が進んで、もしも日本の大きな市に警察や軍隊、裁判所ができていたら、首長の独裁がさらに強化されたことだろう。
首長の権限の縮小、議会の権限の強化。住民主権をどのように強化すべきかという観点から、地方自治の今後の一つのテーマにすべきではないだろうか。アメリカの仕組みを調べていくとこういうことが頭に浮かんでくる。










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