高野町と花園村へ 2005年5月15日(日)

出来事

朝10時に着くように高野町の役場へ向かった。車はまだそんなに多くなかった。かつらぎ町の志賀の小学校のあたりでマツダRX7が目の前にスッと割り込んできた。私の前をもう一台白い車が走っていたが、この車に対しRX7は果敢にアタックを仕掛けて左右に車を動かした。幅員が狭いところでもカーブで間合いを詰める。白い車は、梨の木峠にさしかかるカーブでたまりかねて横によけた。梨の木峠の坂道はきつい。その坂道でRX7は、加速していく。
私は、ギアをセカンドに落としてアクセルを踏んだ。ついていくのがむつかしい。幸いRX7の前にもう1台車が見えてきた。RX7は、さっきと同じようにアタックを仕掛けるが、梨の木峠の登り道で追い越しをかけるのは不可能に近い。私の方はこのおかげで間合いを詰めることができた。
車の後ろにつかれてプレッシャーをかけられると、精神的な負担が増してくる。しかし、反対に追いかける場合は、状況が判断できるのでワクワクしたりする。かなりのスピードを出して走るRX7の後をぴったりついていくのはなんだか気分がよかった。
しかし、RX7は、花坂の焼き餅屋さんを過ぎると林道の方にコースをとった。地元の道をよく知っている人らしい。この道を行けば、確実に時間を短縮して大門まで行ける。
私は、370号線の曲がりくねった元有料道路を登ることにした。時間的には十分間に合う感じだった。
道は混んでいた。高野町役場には10時5分前に到着した。
高野町と花園村の平和行進にあいさつに行き、行進に参加するのが本日の目的だった。
集会では、市民生協の通し行進者の方が決意表明をおこなった。私は日本共産党紀北地区委員会を代表してあいさつをおこなった。
行進は10時20分頃から始まった。高野山内では観光客の方々が盛んに歩いていたが、混雑しているという雰囲気ではない。行進のコースは、役場を出発して一之橋の東詰までというルートだ。観光客の方がときどき私たちの行進を眺めてくれた。
10人足らずの行進者は、少ないけれどシュプレヒコールをおこない、「青い空は」を歌い元気よく歩いた。
11時ごろ終わったので、役場まで歩いて行き、橋本市役所の方といっしょに、近くにある甘党喫茶に入って、少し早い昼食をとることにした。
花園村には、大門から清水町に抜けるコースをとった。花園村は高い山と山との間にある村で、高野山からはかなり下らなければならない。
五月の晴天は、緑を鮮やかに映し出してすがすがしかった。花園村にはいると所々に整備されたキャンプ場が点在し始めた。村の中程に中学校がある。あたりに民家らしいものは見えない。グラウンドの南の山に大きな三角の壁画が描かれている。わりと有名な壁画は、最近化粧直しされて、色鮮やかになっていた。
現地についても2時からの行進には、まだ1時間、時間があった。役場の近くに花園温泉というお風呂付きの休憩所かつレストランがある。そこに2人で入ってコーヒーを飲んだ。
しばらくして、市役所の方はお風呂に行った。
平和行進は、12人の参加者だった。のどかな花園にはほとんど人影が見えない。最後の平和行進だったので、あいさつでそのことに触れた。
帰りは新しくできたトンネルを通って帰った。このトンネルは、紀見トンネルより長い感じがした。これができて時間はかなり短縮された。峠越えの道は、花園の遠さを物語っていたが、このトンネルはウソのように時間を短縮し、精神的負担を軽減していた。4月からかつらぎ町のコミュニティーバスが花園村に入るようになった。梨の木トンネルが開通したら、1時間かかっていた花園村が30分ほどで行ける場所になる。
かつらぎ町との合併は、このメリットだけを魅力に感じて花園村が選択したようなものだった。かつらぎ町は、合併の実績を作ることを目的とした合併のような感じだった。
一つの自治体になれる日は遠い。それはおそらく、トンネルによって時間的には縮められても、なかなか克服できない峻嶮な山のようなものだと思う。
疲れが溜まっているらしい。帰ってきて、金魚の水槽をMサイズからLサイズに変更して水を入れ替えると眠たくなってきた。娘が横で絵を描いていたが、1時間ほどぐっすり眠ってしまった。
今日から橋本市長選挙と新田辺市の選挙が始まっている。後1週間。マラソンを走ってきた候補者の方々は、メインスタジアムに戻ってきて、これから100メートル走をおこなう。死にものぐるいで走り抜けた方々だけが勝利のテープを切れる。
奮闘を祈りたい。

出来事

Posted by 東芝 弘明