中村哲さんの講演 2005年12月1日(木)

出来事

朝、事務所に出勤して集金の準備をおこない、お昼前に集金の準備が完了した。ビラ作りと視察に手が取られて、随分スタートが遅れてしまった。
この秋は、なんだかいろいろな日程に振り回されて、追われている感じ。肝心の議会報告も途中で中断したまま。急がないと12月議会が始まってしまう。
昼から、予算要望書を作成した。昨年よりも申し入れが10日ほど遅れてしまった。明日、議会運営委員会があるので、宮井議員に提出してもらうことになった。
要望書の作成に2時間ほどかかり、それが終わってから役場に一般質問の通告書の提出に行った。質問テーマは、まだ変化するかも知れないが、早めに提出しておこうと思った。
そのあと、和歌山市で6時30分からおこなわれる「中村哲さん ペシャワール会代表 講演会/氷河の流れのように」という催し物に参加した。この講演会は、9条ネットわかやま(準備会)が主催したものだ。呼びかけ人の名前を見ると知っている人が何人も目についた。
この講演会は、憲法第9条を守る幅広く緩やかな会を作るために開かれた。
講演内容は、中村哲さんというお医者さんのアフガニスタンでの復興支援活動を紹介するものだった。
ハンセン病をコントロールして人々を助けようという運動を中村さんはおこなってきたが、そのためには診療所が必要だったし、そのためには、干ばつによって砂漠化していく大地に緑をよみがえらせる灌漑事業を行う必要があった。
人間の生活を立て直さなければ、ハンセン病のコントロール計画も実施できないということである。
中村さんは、こういう話を、事実にもとづいて淡々と語られた。
しかし、映し出された映像と写真が事実のすごさを物語っていた。
アフガニスタンは、ソ連の侵略やアメリカの空爆によってズタズタにされながら、さらに、そのうえに大干ばつと飢饉に苦しめられている。
治安は年々悪化している。
アメリカによる介入は、問題の解決にならず、事態をよりいっそう悪化させている。日本のイラク支援によって、日本人に対する好意的な感情にマイナスの変化が生まれつつあるという話もあった。
議員は、議場で、言葉を武器に当局に改善を迫り、住民の要求実現を迫っていく。言葉の持つ力をとぎすまして、事実に肉薄しようとするし、事態を変えようとする。
しかし、100万回の言葉よりも、1回の人間の行為、1回の人間の努力の方が、はるかに貴い。人々のために地道に努力している人は、言葉を武器に闘っている人々よりもすばらしい仕事をしている。
議員も弁護士も教師も作家等々も、言葉を駆使して闘う人々は、現実と格闘している人々の応援団になるべきだと思う。
中村さんの話を聞いているとこういう感慨が胸にこみ上げてきた。
中村さんは、お医者さんでありながら、必要に迫られて灌漑事業という土木作業に従事し、工事用の重機に乗り、アメリが軍の空爆をかいくぐって、食料を運び、井戸を掘っていた。
砂漠化した広大な大地に緑をよみがえらせ、田地田畑を復活させた。
アルカイダへの報復という「正義の闘い」の中で、命を失ったのは、アフガニスタンの普通の人々であった。戦争行為による破壊は、確実に飢餓と貧困を拡大した。
復興支援という言葉でくくられているが、武器の行使による復興は、事実をまともに見ないごまかしだろう。
9条は、日本が国際的に信用を得る最大の武器になる。9条に守られているからこそ、日本人は国際的に信用され、平和的な復興支援をおこなうことができる。9条を踏みにじれば踏みにじるほど、本当の人道復興支援が危険にさらされる。
砂漠化している地域に井戸を掘り、水を通し、緑をよみがえらせていく中村さんたちの仕事は、幸せな仕事だと思う。
広大な大地に緑をよみがえらせたとき、中村さんは、「役得だと思った」と語っていた。
ぼくには、大地を見渡す高台に立って、中村さんがみんなといっしょに歓声を上げているシーンが目に浮かんできた。

出来事

Posted by 東芝 弘明