高野口町にあった平和劇場 2006年2月8日(水)
朝8時47分に到着する電車に乗って橋本市のNさんが来るので迎えに行った。佐野の踏切の警笛が鳴っている横を車で走り、笠田駅の東側の踏切にさしかかると、また警笛が鳴っていた。
車を駅の前に止めると、数10秒後に電車がホームに入ってきた。
午前中、Nさんによる文学談義を聞きながら注文されていたビラを作成した。
タブレットを買っていたので、輪郭を柔らかく切り抜くことが出来た。写真の切り抜きをタブレットでおこなったのは初めてだったので、なかなか要領が得なかった。
でも綺麗に切りぬける。
午後、おばあちゃんも指摘していた交差点の視察に行った。東から来た車が480号線の交差点でとまり、高野山方面に向かって左折すると横断歩道で待っている子どもを巻き込んでしまう可能性がある。運転手は信号が変わるのを待っている。小さな子どもたちも信号が変わるのを待っている。子どもが信号待ちをしているのが視野に入っていないとき、巻き込み事故を起こしそうになるのだ。
信号を渡ったり戻ったりしながら、どこに「飛び出し坊や、危険」の看板を設置しようか見て回った。
子ども会の会長さんに話をして、動こうということになった。
夜、7時30分から高野口町で会議があったので、24号線沿いにあるファミリーマートに立ち寄って、おにぎりとサンドイッチを買って車の中で食べることにした。
そういえば、このファミリーマートのところには、以前「平和劇場」という名の映画館があった。
高校生のときに、兄貴の友達数人といっしょにブルース・リーの「ドラゴンへの道」を見に来たことがある。
ホテルで、ウオーミングアップをしているブルース・リーが背中を向けて、「息吹」をすると、背中がきれいな逆三角形になり、目を見張らされるシーンがある。この場面は忘れがたいものだ。
ローマのコロシアムでリーとアメリカ人の空手使いとが1対1で対決するシーンも印象深い。
ブルース・リーは、テコンドーやカンフー、空手を学んだ人だったようだ。映画の中でもはじめ、空手のような足使いをおこなって闘うが、不利な状況に追いつめられ、蹴りを受ける。しかし、その後、ボクシングのようなフットワークに移り、対決して勝利を収める。
この時の映画は、もう一つ、何かの作品と一緒に上映されていたようにも思う。冬の寒い日、観客がほかにほとんどいない中で、ぼくたちはブルース・リーに魅せられていた。
もちろん、映画館から出ると、みんなでブルース・リーになったつもりで、蹴るまねをしたり、奇声をはいたりした。
「アチョー」、「アチャ、アチャ」
映画館は、ぼくたちの隣町の身近なところにあった。
僕らの年代以前の人々は、胸の中に映画館の思い出をしまい込んで生きている。
何かの拍子に、そういう思い出がよみがえってくる。









ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません