学んだことを紙面に生かすのは面白い

雑感

朝から議会だよりの編集作業日。日がない中での編集作業日は朝9時から始まった。見出しの付け方や写真の散り方、キャプションの付け方を学んだので、それを紙面に生かす努力をしている。矢嶋さんという講師の人にかつらぎ町に来ていただいて、1日学んだことが、生きるような編集にしたい。この観点で取り組んでいるとイメージ写真を使うことがなくなった。それだけで進化だった。

学んだことは、実際の編集作業に生かさなければ、「生きない」。これは全ての学びの中心点だ。何のために学ぶのかというと、「知識を増やすために学ぶ」というのではない。学んだことを定着するためには、「実践的に生かす」ことが問われるのだ。知識を増やせば何らかの役に立つと思って学んでも、ほとんど何も変化しない。大事なのは、学んだことを自分たちの行動に生かすということでなければならない。それを忘れた学びは、ほとんど意味がない。

学びはハウツーではない。しかし、ハウツーが意味をもっているのは、学んだことを生かそうとするところにある。ハウツーを軽視するのではなく、ハウツーの中にある実践力を評価することが大切になる。ハウツー本は、繰り返し読み直して、自分の行動に生かしてきた。そうやって身につけてきたことは多い。

生きる喜びは、自己改革にある。新しい自分になろうとする努力には喜びがある。自己改革は楽しい。それは大それた話ではない。写真のキャプションの付け方を学んだことによって、紙面が読んで面白いものになる。それだけで手応えを感じる。編集をしていると、編集社の中に「なるほどいい紙面になったよね」と言える「議会だより」を実感するシーンがある。この出来上がっていくプロセスが嬉しい。こういう一歩が自己改革につながる。
「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」というのは大それた言葉だが、この孔子の言葉には、学ぶことの喜びが含まれている。学び続ける人生は楽しい。この言葉の中には、そういう思想が含まれている。

雑感

Posted by 東芝 弘明