ティファニーで朝食を

オードリー・ヘプバーンの「ティファニーで朝食を」を26年ぶりに見た。自由奔放に生きているホリー(オードリー)に対して、誠実に向かい合うポール(ジョージ・ペパード)の姿が印象に残った。以前見た時は、ホリーの可愛らしさが印象に残ったが、自分の見る視点の変化を感じた。
ホリーは、娼婦という設定だし、ポールは、若手の作家だが、お金持ちの女性の愛人になっているという設定だ。この映画は、そういうドロドロした設定にもかかわらず、若い二人の純粋な恋愛に見えるのは、オードリーが娼婦に見えないところにある。
1961年という時代は、時代として病んでいるような印象がなく、未来にあるのは希望だったような感じがする。
ホリーが自由を求めかごの鳥にはならないと言ったことに対して、ポールは「君を愛してる。ぼくは君を愛で包みたいだけだ」という。土砂降りの雨の中にタクシーから降りる時に、ポールは、ホリーにティファニーでイニシャルを刻んでもらった指輪を渡す。ホリーは、泣きながらポールの後を追いかける。
貧しい二人には愛があって、二人には明るい未来が待っている。そういう印象の残る映画だった。
映画はどうしても時代を反映する鏡になる。アメリカ映画は、未来への希望を手放しで描けなくなっている。












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