67回目の原爆記念日

雑感

67回目の原爆の日。広島に落とされた原子爆弾は、静かに告発され、核兵器の廃絶という運動に繋がってきた。
原水爆禁止の運動と憲法9条を守れという運動は、深いところで一致している。繋がっている。
原子爆弾の恐ろしさは、次の世代に受け継がれつつある。
原爆投下は、人間とは何かを見つめさせる根源的な問を発してきた。この問いかけに向きあわないで、平和はない。

さて。
女性の写真を綺麗に切り抜くのは、かなり難しい。写真というのは、細部までクッキリ鮮やかに写せないもので、どうしても、拡大して見ると、色被りやぼけた感じが見えて輪郭を綺麗に細かく切り取ることが難しくなる。
今回は、緑を背景に写真を撮っていただいたが、髪の毛が細かく跳ねていて、緑の中に何本もとけ込むようになっていた。こういうように背景の中に混じり込んでいる髪の毛を綺麗に切り取るのはきわめて難しい。

そもそも、アニメーションのように、物には輪郭がない。写真におさめると絶えず境界線は曖昧になる。境界線が曖昧なだけではなくて、相手のエリアに色が侵入して色被りの状態が頻繁に起こる。髪の毛を綺麗に切り取っても、その髪の毛全体が、色被りによって緑に見える。そのまま背景を切り取って見ても、緑色になった髪の毛には違和感が残る。

そういう風にその時は見えていたといって開き直ったとしても、切り取られた写真は、それが全てなので、「なんで髪の毛が緑なん?おかしいやん」ということになる。
おっ、WAOさんのテーマに似てきた。背景付の写真の中に収まっているときには、全く問題にならなかった色被りが、背景を切り取った途端に重大な問題として浮上してくる。

男の場合も同じことが起こる。波平のような頭になる少し前は、真っ直ぐな短い髪の毛が、ハリネズミのように、ただし間引かれた状態で林立している。これを切り取ると、短い頭のてっぺんに色被りの緑が出現した。白黒の場合は、緑色の髪の毛も、白黒に変換されてその世界に馴染んでくるので目立たないが、カラー写真になると頭のてっぺんにうっすら緑のカスミがかかることになる。

「頭に緑を乗せてどうした?」という感じだ。

Photoshopは、輪郭を抽出するのではなくて、色の違いによって選択部分と非選択な部分に分ける。分け方は色々。それだけで分厚い本も書ける。

試行錯誤をしたので、切り抜きが若干うまくなった。めでたしめでたし。

雑感

Posted by 東芝 弘明