「風立ちぬ」からの厄介な宿題

映画

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「風立ちぬ」を見終わったあと、スターバックスでカフェラテを注文した。
「あと10分ぐらいで閉店ですが、それでもよろしいですか」
色白の店員が、綺麗な声で話しかけてきた。
「いいです」
ぼくは、空いている席について、「風立ちぬ」のことを考えた。
深く感動したわけではない。淡々とした印象のまま、映画は終わった。小さな丘を登って降りるような映画だった。
でも、思いが「風立ちぬ」から離れない。車に乗って、深夜の街を走り抜けて自宅に戻る間も、「風立ちぬ」のことを考えた。

宮崎さんは、かなり厄介な宿題を投げかけてきた。
こういう思いが、次第に大きくなってくる。
この映画を作るきっかけは、鈴木敏夫さんのアドバイスだったようだ。
宮崎さんは、メカや戦闘機や戦艦の大好きな人で、同時に憲法第9条や日本国憲法そのものを守り、戦争を嫌っている人だ。
鈴木さんのアドバイスは、そろそろ、この問題に答を出す時期ではないですか、というものだったらしい。
果たして、「風立ちぬ」は、鈴木さんの問いに答える作品になっていたのだろうか。
ぼくの中には、次第にこの問いかけが大きくなってきた。

堀越二郎は、ただ純粋に「美しい飛行機を作りたい」という思いを溢れさせている青年であり、何度も何度も夢の中でこの思いをふくらまし、妄想にふけるような青年だ。戦闘機が殺人兵器であり戦争のために使われることを知っていながら、それでも「美しい戦闘機を作りたい」という気持ちがなにものにも勝り、仕事に没頭する。
ただ、堀越二郎の夢に出てくるイタリア人エンジニアのカプローニと軽井沢のホテルで出会ったドイツ人カストルプは、堀越二郎に戦争の現実や残酷さを語る。これらの声に対し、堀越二郎は肯定も否定もしないけれど、2人の主張を受け入れているようにも見える。この2人の人物は宮崎さんの「戦争を繰り返すな」という思いを体現した人物だろう。

日本人の多くの人々は、戦争に協力し戦いを肯定し生きていた。生きながら戦争に翻弄され、苦しめられていた。堀越二郎は、この多数の人々とは少し違っている。アメリカとの力の差を理解しており、戦争になったらドイツも日本も壊れることを知ってはいた。しかし、そういう思いが、彼の中で大きくなることはなく、目の前の仕事に一生懸命に取り組んで、ゼロ戦を作った人だった。今回の映画は、この堀越二郎の生き方をかなり肯定的に描いた。でも、この描き方はかなり危うい。
これは、「愛する者のために男は戦場に行った」というたぐいの戦争を美化した映画と共通したものだ。カプローニとカストルプ、ちょっとしたエピソードのように描かれた特高警察の話がなければ、「風立ちぬ」は戦争を美化した映画になってしまうように見える。
堀越二郎の純粋に「美しい飛行機を作りたい」という思いと戦争に対する批判は混じり合わないまま描かれている。この混じり合わないさまは、宮崎さんの中にある矛盾をそのまま観客の前にさらけ出したように見えた。しかも、堀越二郎のように生きた生き方が、必ずしも批判されるべきものではない、人間とはそうやって生きるものだ、という肯定感が映画の一つの軸になっている。

厄介な宿題はここにある。この映画を見たぼくもまだ答えが出ない。答えが出ない場合、宿題はずっと残る。
時代に翻弄され、戦争に苦しめられ、生きることが極めて難しかった時代に、目の前の仕事に没頭して一生懸命生きた生き方は、人間の生き方そのものではないかという宮崎さんの肯定感は、ぼくの中に今までとは違った問いかけとなって残った。
時代の本質を見抜き、当時の国家権力と闘うことを決意し、日本共産党に入り、反戦のビラをまき、戦争の本質を国民に知らせる生き方はあった。そういう人々は、徹底的な弾圧にあい、小林多喜二のように命を失った。虐殺された人は95人、獄死した人は400人いた。こういう生き方は、信念を貫く誇り高いものだったが、圧倒的多数の人々は、このような人々の存在をほとんど知らず、翻弄されながら生きていた。しかし、商品を生産し、食料を作り、農業を営み、商売を行いという生き方をした人々が、時代を支え戦後の復興を支えてきた。
しかし、「戦争とは何だったのか」、「戦争を二度と繰り返してはならない」ということを考え、そのことを生き方の軸にして生きることも、きわめて大切なことのように見える。宮崎さん自身、ジブリの雑誌「熱風」で憲法を守れという発言を非常に鮮明な形で明らかにし、自分の作品の中でもそれを追いかけてきた。

宮崎さんは、ものすごく真面目な人だと思う。自分の描く作品でウソをつけない人だろう。自分の中にある矛盾に答えを出すために作品に取り組んだのだけれど、結局、矛盾は矛盾のまま、折り合いを付けるようなこともなく描くという形になった。
放映された「プロフェッショナル仕事の流儀」で宮崎さんは、「なぜ零戦を作った人を描く必要があるんですかというような問いにも答えないといけないんですよ」と繰り返し語っていた。
しかし、答えは出なかったというよりも、矛盾はさらに深まったと言えるかも知れない。

映画の中の堀越二郎は、宮崎さんの分身だと思う。リアルな堀越二郎に迫るということではなくて、堀越二郎を通じて、宮崎駿さんそのものを描いたようだ。零戦を美しいと感じる感性は共通している。堀辰雄と堀越二郎を合体させたのは、そうすることによって、堀越二郎から離れても許してもらえるという意識があったのかも知れない。
宮崎さんが描く堀越二郎という人物の輪郭をクッキリさせるために、純粋で綺麗な恋愛を描きたかったのだろう。そこには、同時に若い頃の宮崎さんの女性に対する「あこがれ」が投影されているように見えた。宮崎さんに対して、女性を美化しすぎている。リアル感がないという批判があるけれど、これらの批判は当たっているかも知れない。
ぼくには「10代の少年のような恋愛を描くんだ」という驚きがあった。72歳の宮崎さんの心の中にある、この純粋な恋への憧れは、ぼくの中にある若い頃の記憶をよみがえらせた。よみがえってきたのは、10代や20代前半の記憶だった。それは少し赤面するような、少し恥ずかしいものだった。
結核で死を覚悟している、はかなく美しい女性に、迷わず結婚を申し込み、二人で暮らしはじめるという生活には、現実感がない。堀越二郎は、どこまで妻菜穂子の死にいたる病気のことを考えているのかさえ分からない。夫婦で家庭を作るというような結婚ではなく、描かれていたのは、2人の「好きだ」という気持ちだけだった。
堀越二郎は、菜穂子が富士山の山麓の療養所に帰って行ったとき、自分宛の置き手紙を読んだはずだし、行動しただろうと思われる。しかし、映画にはそれらのことは全く描かれていない。婚約時代、吐血したという電報を受け取ったときは、急いで駆けつけたのだから、そういう対応をしたように想像できる。それでも、おそらく菜穂子の取った行動を受け入れたんだろうなあと思う。

宮崎さんは、菜穂子の死ぬ場面を最初から描く気持ちはなかったのだろう。それを描いたらメロドラマになるからなあ、ということだったのかも知れない。零戦の試作機を成功させるシーンは描いても、太平洋戦争や特攻隊は全く描かなかった。小さな丘を上るような映画を淡々と描くという盛り上がりに欠ける作品をあえて作ることによって、「静かにいっしょに考えてください」ということなのではないだろうか。
ぼくはこの映画を見て泣けなかった。泣ける映画というのは、泣く=感動という分かりやすいものだ。でも映画の中には、盛り上がりはないけれど、静かな余韻を残す映画というものもあるということだろう。

ぼくは、宮崎駿さんのファンだと思っている。この文章は、映画を見ただけで書いたものではない。3万字に及ぶ宮崎さんへのインタビューや何人かの映画評なども見た。インタビューは映画を見てから読んだ。映画を見ただけで、こういう感想を持ったとは言いがたい。映画だけでは受け取れなかったような気もする。
でも、宮崎さんが抱えていた矛盾は、解決せず、矛盾は矛盾のまま、しかも新しい問いかけを持って観客の前に差し出したという思いに至ったのは、何だか嬉しい。

宮崎さんの作品には、いつも解決できない問題が含まれている。今回の「風立ちぬ」もいつもと同じように、解決できないかなり大きな問題が含まれていた。ただし、今回の謎は、宮崎駿さんという作家論がなければ、接近できないように感じた。観客の評価のかなりの部分に「何が言いたいのかよく分からない」というものがあるのは、宮崎駿監督自身が作品の謎解きの暗喩(メタファー)になっているからだろう。
作品に問題があるとすれば、作品だけで完結しない謎になっているところに原因がある。

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Posted by 東芝 弘明