妄想の鍛え方
普段、ものを考えるときには、紙とボールペンがあったり、パソコンに向かっていたりする。筆記用具やパソコンがあると、自分の中から紡ぎ出す思考は、道具の力を借りて、澄んでいくような感じがある。対象に具体的に分け入り、あいまいな思考がクリアになっていく。文章を書くことによって、書く文章と思考との対話が始まる。紡ぎ出されるものは、フォーカスが鮮明な写真のようだ。
最近、ポッドキャストで妄想が命だという作家の話を聞いた。ただ、話を聞いていても妄想の鍛え方については、イメージの湧かない話だった。妄想の膨らませ方を伝授して欲しいなあとも思っていたが、妄想のヒントはお風呂にあった。お風呂に入りながら、考え事をしていると、背中を洗ったかどうか、分からなくなり、頭の中だけで思いがふくらんでいくような感覚があった。
わが家の娘は、風呂に1時間以上も入っているが、何をしているのかよく分からない。
「風呂の中で何してるんや」
「なんかわからんけど、時間が経ってしまうんや」
聞いてもこんな答えが返ってくる。もしかしたら、娘は妄想の中でお風呂に入っているのかも知れない。
風呂に入って考えを巡らせていると、紙と筆記用具がないだけに、ふわふわとあらぬ方向に思いが走る。毎日、これを繰り返していくと妄想がどんどん成長していくのではないかと考えた。作家は、妄想こそがストリーテーラーの源泉だというようなことも語っていた。この言葉を信じて、頭の中だけで妄想を膨らませる訓練をしようかなと思った。
ストーリーは、妄想の中で考える。書くときは、ふわふわと考えたストーリーに具体的でリアルな形を与えていく。膨らむ妄想と具体的に書く行為は、対極にある行為なのかも知れない。
もしかしたら、これは一大発見ではないだろうか。月曜日の9時から松潤が主役の『失恋ショコラティエ』は、妄想ドラマの典型だ。これは妄想の勉強になる。










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