文化の力を信じて
10月が忙しかったこともあって、読むべき文献や本をあまり読めていない。
それと、お昼ご飯を食べるとやたらと眠たくなる。
さて、今日は、ある本に向けて書こうとしたエッセイをここに載せておく。
エッセイについては、改めて書こうと思っている。
文化の力を信じて
戦後70年という響きを怖く感じた。戦争が終わったとき20歳だった人は現在90歳になっている。あと10年経ったら、当時20歳だった人の戦争体験を聞くのは、限りなく不可能になるだろう。平和を願う人々は、戦争体験を聞き、そこから戦争の実相と人間の生きた姿を学んできたが、この方法はもう限界に近づいている。体験談は、時には、聞いた人の生き方を変えるほどの力をもっている。感性が根底から揺さぶられる。でも、体験を聞くという方法は、どうしても大きな広がりをもたない。伝える力は限定的にならざるをえない。
歴史を歪めようとしている人々は、歴史教科書を作り検定の合格を目指し、実際の教育で使用されることを執拗に求めてきた。教科書に焦点を当ててきたこの運動は、よく考え抜かれたものだと思う。教科書として採用されると、現役の教師が、肉声で「歴史」を子どもたちに語るようになる。この影響力は極めて大きい。どうすれば、このような策動を打ち砕いて、若い世代にあの戦争の姿を伝え、平和を求めることの大切さを伝えることができるのか。最近、こういうことをよく考えるようになった。
原爆写真展が、11月1日に行われた9条まつりでも開催された。原水爆禁止の運動は、写真展を重視し、ずっとこの運動を続けてきた。被曝の生々しい実相を伝える写真の下に書かれた解説の文章は、写真とともに人々に「ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ」という強い願いを伝えてきた。この写真展が人々に原爆の姿を伝えてきた力は大きい。Sさんは、写真を車に積み、1時間半の道のりを一人でやってきて、体育館の壁に写真を並べた。この作業を少し手伝わせてもらった。白髪頭のSさんは、この写真展のことを伝えるために語り部として写真の横に立った。学生服を着た高校生3人が、熱心にSさんの話に耳を傾けていた。
「原爆のことを書いたこの物語、読み」
小学校の4年生ぐらいのときに、母が原爆のことを教えてくれて、本を薦めてくれたことがあった。これが、原爆文学と呼ばれるものに触れた最初の体験になった。母はよく戦争体験をぼくたちに語ってくれた。大人になるに従って縦糸と横糸によって布が編まれるように、小説や映画や写真、評論などが戦争への認識を広げてくれた。母が語った戦争体験は、さまざまな文化の力に触れることによって、自分の中に根をはっていった。
歴史の実相を伝える力。それは文化力なのだと思う。文字の力と映像の力、音楽の力、学問の力。こういうものを力に私たちは、若い世代にバトンを手渡さなければならない。
写真や映像、音楽の力とともに文字の力は大きい。
平和への思いを文字に込めて、新しい文学が生まれますように。
写真や映像に文字が添えられることによって、新たな命が生まれますように。










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