愛国心について最近考えたこと
愛国心というのは、一人一人の心の持ち方の問題なので、「靖国神社に参拝しないというのは愛国心がない」というような発言は、根本的に違っていると言うことだろう。愛国心があるが故に、日本で民主主義革命を実現して、経済的な豊かさを土台に日本国憲法の完全実施を実現する日本を作りたいという日本共産党の人の中にも、強い愛国心があるだろうし、今の政権を支持している人にも強い愛国心があるだろう。心の持ちようなので、愛国心は一人一人内容が違っても全然いいということになる。そもそも内心の自由なので、一つの型にはまった愛国心を押しつけるのは、根本的に間違っている。
愛国心を唱える人の中には、現在の憲法を否定して、明治憲法に戻し、日本の行った戦争を肯定し、日本人の誇りを取り戻そうというようなニュアンスで愛国心を語る人たちもいる。
民主主義の発展を踏まえると、ぼくにとっては、こういう愛国心はとんでもない代物だが、主義主張としては認めることになる。
国を愛する心の持ちようは千差万別。いろいろなものがある。アメリカという国は、政府が国民の意思から離れると、国家権力を作り変えることを国の基本にしている。政治的に現在の体制を守ろうとする人にも愛国心があり、国の在り方を変えようとする人にも愛国心はある。そう、幕末期、新撰組にも愛国心はあったし、坂本龍馬にも愛国心はあったということだ。
みんな違ってみんないい。








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