山猫になったキティ

雑感

新城で住んでいたときに猫を飼っていた。記憶によると小学校3年から6年生ぐらいの間のことだった。名前はキティ。この猫のことを小説という形で書いてみたくなっている。
キティはわが家にやってきたときに、「砂糖入りのミルクしか飲まないから」という子猫だった。しかし、今回調べてみると、猫は甘い物が好きなわけじゃないということが分かってきた。生後何か月ぐらいすれば、親の手から放しても育つとか、猫に食べさせてはいけない物とか。生態を踏まえていくと、描き方が微妙に変わってくる。

記憶は大事だが、小学校のころに飼っていた猫との関係の記憶は極めて断片的。この断片的な中で書きたいシーンなどがいくつかある。それを重要な核にして書く。書きたいと思った時点では、テーマははっきりしていない。しかし、テーマのない小説は作品としては成り立たない。

新城で飼っていた白茶の猫は牡猫で、次第に裏山にこもって、半月に1度ぐらいしか帰ってこなくなった。気が向いたらふらっと家の中に入ってきて、横で眠っているみたいな感じだったが、次第に野生化していった。獲物を仕留めることが食事の全てになり、体は大きくなって丸々太っていた。そうなってからぼくたちは、キティに食事を与えることはしなくなった。裏山には十分な食事の材料があったということだろう。

でも、大きくなったキティは、高野山に住む従兄に気持ち悪がられ、ぼくたちが知らないところで「捨てる」という判断になり、その横でいた母も同意した。夜中、帰るときに従兄は、大きなキティを抱きかかえて、車を停めている小学校の下まで、月明かりの中を歩いて行った。歩いた場所はコンクリートの堤防の上。キティは身の危険を感じて、従兄の腕の中で暴れ、従兄に爪を立て、脱出して、堤防の下、貴志川に落下した。

朝起きたぼくたち兄妹は、キティが捨てられたことを教えられて、探しに行った。キティはすぐに見つかった。川の対岸のコンクリートの隙間でキティは鳴いていた。足の肉が削られ、骨が見えるかというほどの大きな怪我をしていた。ぼくたちはキティを自宅に連れて帰って、手当てをして、それまでと同じように飼い続けた。しかし、それ以後、キティは人間嫌いになって、さわりに行くと逃げるようになった。しまいには、山に行ったきり帰ってこなくなった。

それから数か月して、ぼくは新城小学校の校庭で、キティが数匹の猫と一緒にまどろんでいるのを発見した。明らかにキティだった。しかし、声を掛けても反応せず、近づくと逃げてしまった。これが、キティを見た最後になった。

ぼくは、キティを鍛えるんだと行って、放り投げて空中回転をさせたり、屋根からスカイダイビングをさせたりした。これは、今から振り返ると、乱暴な動物虐待だった。このこととキティが野生化したこととはどれだけ関連があったかはよく分からない。でも子どもの頃、キティがいなくなったことは、僕のせいではないかとずっと心に引っかかっていた。
鳥を捕ったシーンを見たこともあるし、畳の上でウサギか蛇を食べているのを見たこともある。家の裏の石垣の上の田んぼで、ネズミを捕まえて放し、放しては捕まえるということを繰り返してなぶり殺して食べているのも見たことがあった。

でも、飼い猫としてキティは幸せだったのか。なぜ従兄は気持ち悪がって捨てようとしたのか。母はどうしてそれを許したのか。野生化したキティは、ふてぶてしく不気味だったのかも知れない。しかし、ぼくがキティにしたことが、ずっと尾を引いている。小説に書くのであれば、自分のしたことを徹底的にみつめてえぐる必要がある。

このことを踏まえ、その中からテーマを見いだして書いてみたいという気持ちになっている。

雑感

Posted by 東芝 弘明