ジェンダー平等が生み出す可能性
昨日は、日本共産党のいう科学的な哲学、弁証法と唯物論から成り立っている哲学が、開かれた体系をもっていることを書いた。日本共産党が、党綱領の改定でジェンダー平等を実現することを取り入れたことは、おそらくぼくたちが思っている以上に大きな変化を今後起こしていくと思われる。人間の性的な在り方や性自認について非常に豊かな多様性を積極的に認めるという方向は、人間に対する柔軟なものの見方、考え方へとつながる。それは、日本共産党という組織を多様性を積極的に受け入れる組織へと変化させるものだと思われる。
ジェンダー平等は、人間はこうあるべきという考え方に対して、問いを立て変更を求める力を秘めている。それは、日本共産党という組織をさらに開かれた、多様性を受け入れることのできる組織へと変化させるものになるのではないだろうか。ものの見方、考え方に今まで以上に柔軟になる可能性を秘めている。そういう予感がする。
組織に入ったら縛られるという考え方に対し、ジェンダー平等を基礎にした日本共産党は、今までとは全く違った考え方を提示するように変化していくだろう。運動の組み立て方に対して、たえず多様性への視点が生まれつつある。アプローチの仕方が多面的になれば、考え方も一層多面的になる。おそらく、ジェンダー平等は、こうでなければならないという思考回路からの開放へとつながっていくのではないだろうか。
物の見方考え方の全てにジェンダーの視点が座れば、社会通念に対する再検討が生まれる。男の規範、女の規範への再検討によって無目的になるのではなく、人間の権利に対する平等性への考察がはじまる。個人の尊厳の尊重という視点がどっかりと座れば、思い込みからの自由が得られる。少なくとも考え始める糸口が見つかる。











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