樟を守る会、ひとまず解散 2005年9月29日(木)

出来事

朝、新聞配達から帰ると、娘がリビングのソファーで、掛け布団にくるまって寝ていた。熱が37度9分もある。どうやら風邪を引いたらしい。おばあちゃんに紀北分院に連れて行ってもらうことにした。
7時45分を過ぎてから学校に電話を入れた。w先生が出た。
お昼1時前に帰ると病院から戻ってきていて、カレーを食べようとしているところだった。ぼくの分までご飯をよそってくれていた。熱は下がって元気になっていた。
ピーマンとウインナソーセージをフライパンで炒めてトッピングにしてあげた。
小学校1年生の娘は、枝豆や納豆は大好きなのに、サヤインゲンが苦手。ピーマンは嫌いではないし、にんじんもタマネギも好きである。
面白いのは、味が混ざるのを嫌う傾向があるということ。
ちらし寿司がわりと苦手、栗ご飯や釜飯は嫌いだ。おかずをひと種類ずつ食べて、最後に白いご飯を集中的に食べる。最近では自分で「味が混ざるのは嫌い」なんて言っている。
4時頃から役場に集金に行った。収入役人事に対する怒りがかなり広範囲にある。“財政再建団体に転落するおそれあり”と言うことで、最終職員給与の5%カットをして今年度は出発した。また、今年度は、行政改革が必要だといって、各課単位で予算の削減をおこない、課によってはかなりシビアな削減案を立てて予算編成をしていた。
今回の収入役復活人事は、庁議(町長と課長の会議)にはまったく報告がなく、総務課長、企画公室長、議長、副議長、合併協議会委員などのごく限られたメンバーだけで話し合われ、提案されてきたことらしい。
課長のほとんどは、ぼくの本会議の質疑で初めて収入役人事を知り、花園村の助役まで臨時職員の支所長になり、議会に出ることを知らされたようだ(──ぼくの指摘でこれはおかしいとなり、「理事」という特別職をつくることになった。理事のポストは4年限りの時限立法的なもの。これも極めて異常なことだった)。
課長にとっては、「寝耳に水」、「青天の霹靂」である。
住民団体を多く抱えている課などでは、予算編成後、色々な波紋が広がっていた。
「お金がないからやむを得ない」
これが説得する際のひとつの決まり文句だった。
これがウソだったのかと、問われるのは必至だ。
今回の収入役復活、「理事」人事案は、多くの職員の士気を削いでいるのは間違いない。
「何のためにがんばってきたのか、分からない」
こういう意見が渦巻いているような感じだ。
面白いのは、朝日、毎日、読売、産経の各紙である。
かつらぎ町は、2年前の12月に収入役を廃止し、ニュースになった。廃止を提案した理由は、「行政改革のため」というものだった。2年前の頃より今の方が町財政は明らかに苦しくなっている。それなのに収入役をこの時期に復活した。しかも花園村村長が収入役に就任し、助役が「理事」に就任して、支所長の責任者になるのだから、これは一定のニュース価値があると思う。しかし、火曜日に人事が決定しても、水曜・木曜とまったく新聞記事にならなかった。
最近の橋本支局の新聞記者の方々は、非常にアンテナが低くなっている。かつらぎ町にはほとんど足を運んでこない。以前は、頻繁にかつらぎ町に足を運んで、庁内回りもかなり頻繁におこなわれていた。これと比べると雲泥の差がある。
ニュースというのは、旬が命である。収入役人事で言えば旬が切れかかっている。
さて。
午後7時30分から笠田ふるさと交流館で「十五社の樟を守る会」の理事会があった。ぼくは15分遅れて参加した。
県指定の文化財である楠(樟)の持ち主は、薬師講である。しかし、最初の設立趣意書には、薬師講の方々への言及はないし、組織を立ち上げるときにも声はかかっていなかった。この問題を巡って議論が延々と続いていた。
地域には、多くの県指定文化財がある。地域の文化財は、それぞれの地域が管理・保存をおこなっている。文覚井という用水路も歴史の古いもので歴史的価値の高いものだが、それは水利組合が管理をおこない、最近2300万円ほどかけて改修がおこなわれた。
そういう状況下で、なぜ楠(樟)だけを笠田地域全体で管理するのかということも議論の対象になった。
その結果、最終結論として「樟を守る会」は解散し、保存をする会を別の形で結成しようとなった。次に作られる守る会は、笠田東1の自治区と薬師講の方々の基本的な合意を土台にしつつ、個人加盟の会にすべきだということが確認された。
「個人参加の会ができれば、また入らせてもいたい」
ぼくは、解散しようといいながら、こういう発言もさせていただいた。
十五社の樟は、物言わずに立っている。この木は何百年もの間、この笠田の地域に根を張って人々の生活と歴史を見守ってきた。学校ができたときには、お寺が境内と建物を提供している。樟とお寺、十五社明神が存在していたからこそ、小学校がこの地にできたのだ。
「じ・ご・せのクスノキ」
娘の言い方が面白い。子ども達は心のなかで十五社のクスノキをしっかり受け止めているように見える。
「大木の樟よ、わが街よ」
この校歌の響きが楠の木の下まで聞こえてくる。葉が風にざわめいている。

出来事

Posted by 東芝 弘明