県民が開いた新たな視野
今日は昼の12時から2時まで、政党カーに乗って7回、演説をさせてもらった。街頭演説は、語りながら文章を書く行為なので、ほんとに苦にならなくなっている。話の組み立ても回数をこなせば、整理される。大きな車でスピーカーの出力に余裕のある車で話をさせてもらうのは気持ちがいい。今回の知事選挙は、県民の世論の力によって切り開かれた新しい土台の上での選挙になっている。仁坂知事がIRカジノに執着し、和歌山県の活性化はIRカジノなしには実現しないとしていたので、まともな議論ができない状況に陥っていた。しかし、この問題の対して大きな世論が起こり、県議会で議案が否決されることとなって、新たな視野が開かれた。今回の選挙は、このもとで行われた結果、子育て支援については、小中学校の学校給食無料化と子どもの医療費無料化について、新たな展望が開けてきた。和歌山県をどうやって活性化するかという点でも、今までとは違う話になりつつある。
住民の意思というのは、極めて大きい。この住民の意思に寄り添い、基づき政治が行われるようになれば日本はもっと良くなるだろう。政治に信頼がないのは、国民と政治がかけ離れているからに他ならない。国民の願いと違うところに政治の力学があり、特定の勢力のために政治が動くので、国民の願いと政治がかけ離れてくる。
日本の政治にとって、国民主権をどう貫いていくかというテーマは、これから先もずっと最も重要なテーマになる。日本共産党は、ここに依拠して100年政治を続けてきた。この精神を貫いて政治が行われるよう努力する頑固さは、貴重だと思われる。
ひとつだけ例をあげよう。
後期高齢者の医療制度は、75歳という年齢で差別するものであり、この制度は世界の先進国には全く例のないものになっている。この制度は、お年寄りに医療費の痛みを分かってもらうために導入したものだから、どこまで行っても差別医療であるという本質は変わらない。この制度がたとえ50年続いたとしても、日本共産党は、この差別医療を廃止して、お年寄りが安心して医療にかかれるよう無料化を目指して努力する。
人間が社会を支配する制度は、人間が作ったものであって、未来永劫続くものではない。封建時代の身分制度はすでに過去のものになったように、時代の進歩の中で変化していく。日本共産党は、そういうものとして制度を捉えている。
今の時代の中で極端に聞こえたり、現実性がないかのように見えたりしても、根本的にどうあるべきかという視点は見失うべきでない。未来は変化する。
グーグルの日本語入力を入れてみた。ATOKよりも使い勝手が良いかどうか。ちょっと試してみたい。
慣れもあるだろう。無意識のうちに使い方が身に染み込んでいるので、その習慣から外れるものを人はなかなか受け入れがたい。しかし、人間の脳には可塑性があるので、次第に変化を受け入れていく。ただ、この可塑性は、柔軟に変化を短期間で受け入れるというものではない。どれほどの時間で馴染んでいくかはものによって違うのかも知れない。








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