阪本ひさよさん、たかもと勝次さんをよろしく


橋本市議選挙には、定数18に対し19人が立候補しています。選挙に際して私たちは、以下のような訴えをしています。
阪本久代さんは、6期24年間、市議会議員をつとめてきました。阪本さんは、まさに日本共産党の要として、市民の願いの実現のために努力してきました。地道に、コツコツ、粘り強く誠実に。市民と同じ目線に立って話のできる人で、市民の声をよく聞いています。
たかもと勝次さんは、9年間、市議会議員をつとめてきました。情熱の人、熱心な人です。徹底的な調査と粘り強さ。取り上げたらスッポンのように実現するまでトコトン取り組みます。親身になって相談する点でも強い信頼があります。
日本共産党議員団は、コミュニティバスの実現や運行の改善、子どもの入学準備金の入学前支給、水道料金の値上げの半減など、共産党議員ならではの実績を積み重ねてきました。これらは、市民のみなさんの協力と日本共産党議員の努力の結晶だったと思います。橋本市の市民要求の実現の歴史は、日本共産党の議員の奮闘の歴史と深く重なっています。
いよいよ学校給食無償化の実現に王手がかかりました。いま、多くの候補者が、学校給食の無償化を政策に掲げています。世論が高まっています。実現まであと一歩です。
日本共産党は、いち早く議会で学校給食無償化を求め、6000人の署名を集めるときにも市民のみなさんと一緒に運動してきました。日本共産党議員団は、すべての議員と力を合わせ、実現をめざします。しかし、実現するためには、市長の姿勢を変える必要があります。そのためには日本共産党の2議席がどうしても必要です。どうか、阪本ひさよ、たかもと勝次候補を議会に押し上げて下さい。
日本共産党は、いま、選挙戦で学校給食無償化を含め、3つのゼロと2つの願いの実現に取り組んでいます。
2つ目のゼロは、75歳以上のコミュニティバスの無料化です。木下市長のとき、75歳以上は無料でした。その頃、バスの利用人数は年間6万人でした。今は2万人です。高齢者が自分で病院に行く、買い物に行く。これが健康につながります。
3つ目のゼロは、国民健康保険の子どもの負担ゼロです。国民健康保険は、赤ちゃんからお年寄りまで一人当たり4万円近く税金がかかります。国は今、小学校に入学するまでこの負担を半額にしています。私たちは、橋本市が独自に中学校卒業まで子どもの負担をゼロにするよう提案しています。
2つの願いの一つは、18歳までの医療費の完全無料化です。橋本市には所得制限があります。県内で所得制限があるのは橋本市だけです。これをなくして、すべての子どもの医療費、18歳まで無料にするよう求めます。
もう一つの願いは、高すぎる介護保険料の引き下げです。橋本市の介護保険、コロナ禍の中でサービスの提供が少なくなっています。その結果、保険料が使われず11億円も貯金としてたまっています。このお金を活用して介護保険料の値下げを求めます。
橋本市でも日本維新の会が登場しています。身を切る改革には大きな期待があります。
しかし、ご存じでしょうか。
日本維新の会は、国会では軍拡推進、日本の核武装を求め、岸田政権を右から一生懸命引っ張っています。また、派遣労働をさらに増やすこと、より一層の雇用の流動化を求めています。
賃金が上がらない日本、物価高で市民の生活、苦しくなっています。小泉改革以降、日本維新の会のような政策が、日本を苦しめてきたのではないでしょうか。日本維新の会のこのような姿を、ぜひ見極めていただきたいと思います。
最後に、いま、戦争か平和かが問われています。岸田内閣は、今年から5年間で43兆円もの軍拡に足を踏み出しました。軍拡の中心は、敵基地攻撃能力の保有です。相手国が日本にミサイルを撃ち込む前に、敵の基地と首都機能を徹底的に破壊する。これが敵基地攻撃の中身です。沖縄を含む南西諸島には自衛隊のミサイル基地が大規模に建設され、日本の300近くの自衛隊基地は、司令部を地下に入れ、核戦争に対応して基地の強化が図られています。敵基地攻撃能力が実行されたら、報復攻撃の中、日本が戦場になります。
国会では、アメリカと日本による合同の軍事作戦まで暴露されました。アメリカと日本は、シームレスに連携するようになっています。このまま行けば、アメリカの戦争に日本が巻き込まれます。
第2次世界大戦の教訓は、戦争を避けることにあります。日本は島国なので空襲に弱い国です。台湾の危機で日本が中国とアメリカによる戦争に巻き込まれたら、国民への深刻な犠牲は避けられません。
日本共産党は、このような軍拡と戦争準備には反対です。戦争準備よりも平和を準備すべきです。中国や北朝鮮、ロシア、韓国、アメリカ、日本、こういう国々が話し合いのテーブルにつき、紛争を戦争にしない仕組みをつくろうと呼びかけています。
憲法9条をもつ日本は、どの国よりも平和を求め、話し合いで解決する努力を進めるべきではないでしょうか。
阪本ひさよとたかもと勝次の2つの議席は、市民の願いを実現する上でなくてはならない議席です。日本共産党の議員と市民が一緒に運動すれば、市政も議会の動きも変わり、市民の願いは実現します。努力を重ねれば政治は変わります。市議選で争われているのは、すべて、くらしや福祉、生活に関わるものばかりです。あなたの1票は、政治を変える大きな力を秘めています。住みよい橋本市をつくるために、ぜひ、阪本ひさよとたかもと勝次さんを議会に押し上げて下さい。









ディスカッション
コメント一覧
お二人共当選されて良かったですね。東芝さんのお力添えが大きかったのではないですか?
済みません。すみよちゃんは当選してるけど、勝次さんは落選した様ですね。残念。
ひさよちゃんの間違い。
2人とも当選しましたよ。無事。よかった。アナウンサースポットや演説原稿を作っていました。電話のかけ方参考例も作りましたね。
ああ、お2人とも当選したんですね。良かったです。
此処のコメントとは関係無い話で恐縮ですが、
俺はWikipediaに先月300円寄付したんですよ。五月蠅いから。寄付しろ、寄付しろと。1口、寄付したらもう、表示されんがと思って。すると、カード会社から335円の請求がきたから、なんじゃこりゃ、と思ってですね、10%以上の金利ですよ。なんじゃ、こりゃと思ってですね、勿論、Wikipediaには関係無い話で、カード会社の金利なんですが、懲りました。ほんでもって、もう、Wikipediaには、寄付しろ、ちゅう表示は出らんだろう、と思っていたら、それでも又、寄付しろという表示がでるんですね。参りました。どうにかならんですかね? 駄目なのかなあ。Wikipediaは世界中の人が利用している訳で、何処に文句言ったらいいのか、と思ってですね。電話番号も分からんし。カード会社は地元のVISAカードなんですが、カード会社に電話したら、分からんという返事でした。Wikipediaが悲痛な事を書いて、俺も情にほだされて寄付してしまったんですよ。コーヒー1杯分の寄付でいいんです、とか、上手い事書いているんですね。でないと、Wikipediaの運営が出来なくなる可能性がある、とか書いてあるんで、そりゃ困る、と思ってですね。それで寄付した訳なんです。五月蠅い程表示されるんで困っていたんです。平均は1500円、皆さま寄付されております。とか書いておったけど、1500円は高すぎると思って300円寄付したんですけど、寄付の再表示が無くならんので困ってしまって、わんわん、わわん、わんわん、わわん。泣いてばかりいるおまわりさん。
「セミナー講師の教科書」がAmazonから来た。面白そうな本だ。小説の参考資料にもなりそうだ。東芝さん、有難う御座いました。
本をAmazonばかりに頼っていて、本屋に行かなければ本屋が潰れそうだという事を聞いたので、それはヤバイかもとも思うのですが、矢張り、Amazonは便利だけれども、本屋に行って、予期せぬ本に出合うという幸せを奪われると困るなあ、ちゅうのがあります。本屋には潰れて貰いたくない。
書きかけのコメントが消えてしまった。
電話が来て、その途中で書きかけのコメントが無くなってしまったのだ。再度思い出して書けるかなあ。
紀伊国屋書店や丸善は潰れんだろうか? 心配だ。こないだ、丸善に本を買いに行ったら地下1階、地上5階建ての大型書店なんだが、客が3人しか居なかったですね。本当の話です。こりゃヤバイのではないか、と思ったです。1階のレジの前の平積みのベストセラー本は5~6人、こないだ死んだ京セラの稲盛の本を手にした奴が多かったが、俺は京セラにおった経験があるので、「バカ野郎、潰れかかった航空会社の再建は首切りをしたんだろうが、首切りして会社を再建するなら俺でも出来るわい」と思って手にしなかったですね。稲盛は鹿児島大学の工学部出身なんですが、郡元キャンパスの工学部の横に稲盛会館ちゅうバカでかい建造物をおったてておるのだが、公立の大学に自分の名を冠した建物を造るんじゃない、と常日頃思っております。京セラは酷い会社ですよ! 人を奴隷みたいにこき使うんです。社員は「ぞうきん」と呼ばれておりましたね。つまり、こき使ってボロボロになったら、捨てて、新しい雑巾をまた買えば良い、という社風でした。鹿児島出身の人物なので、鹿児島の人間は尊敬しておる様ですが、俺は内実を知っておるので、こんな会社で出世したって、どれ程の人間を泣かせればいいのか、という事を知っておるのでバカではないかと思っておる次第です。稲盛は許さん。経営の神様なんどと笑わせるなと言いたい。
話がとりとめも無く失礼しました。
俺が京セラに居た頃、自殺者が3人出ました。
稲盛は人殺しです! 鹿児島の恥です。ナショナルは自殺者が出た、という話は聞いた事がない。
資本の側に立っている経営者は、個人的には理想を語り、哲学的にも深いものをもっている人はいると思います。それをもって経営をしてきたんだという人が多いですね。しかし、そういう顔をしながら、生産の過程に入ると資本家として、労働者の搾取を平気で行っています。それはすべての企業に共通しています。Appleのスティーブ・ジョブズもしかりです。この会社は、国際的に徹底して税金の支払いを回避しています。回避するための手続きを、日刊「赤旗」は暴露していました。
1980年代の初め、映画監督の山本薩夫さんが、赤旗の文化欄で、東条英機は、家族思いの心の優しい人物だったという指摘があったときに、人間としてどう見るかということを論じて、そういう人物が戦争遂行という国家的な意思決定の中でどういう役割を果たすのかとということを論じていました。この観点は、マルクスが資本家個人としては優しい人が、生産過程の中では非人間的な搾取を平気で行うことを論じ、それはそういう仕組みの中で起こることだと論じたのと共通していると思いました。
人間の姿をどう描くのかという点で、こういう視点は極めて大切だと思っています。人間にはいろいろな側面があって、それがどのような社会的関係の中で現れてくるのか、個人としてはいかに矛盾した存在なのかという点に、人間の深さがあると思います。池波正太郎さんが、どうして藤枝梅安を描きたかったのかというのも、こういう視点だったのだと思います。藤枝梅安は、鍼医者の針を凶器にして人殺しをお金をもらって行いつつ、鍼医者として人の命を同時に救っている人間でした。「必殺仕掛人」は、良いことをしながら悪いことをするのが人間だという矛盾した人間をリアルに描くことに挑戦した作品だったと思っています。
ぼくはウキペディアに3000円とか1500円とか寄附をしてきました。最近の寄付要請にも応じましたが、今回は1500円でした。ぼくの引き落としは1500円のままでした。決済の仕方が違うのかも知れません。いつもお世話になっているので、感謝の印です。
「セミナー講師の教科書」は、これからもお世話になる本だと思っています。地区委員会の地区党学校もセミナーの観点で見直していけば、もっと学ぶことへの意欲を引き出せるかも知れないなと思っています。
科学的社会主義の哲学は、自分のものの見方考え方に科学的な視点を導入して、ある程度この者の見方によって、自分の思考方法を変革するところに、学ぶ本当の意味があると思っています。そういうように捉えていない人が多いです。知識として学んだだけでは、本当は意味がない。唯物論と弁証法を「導きの糸」になるように身につけて、運動やものの見方に生かしていくようにすれば、物事の本質に迫れるようになるのだと思います。
おそらくは、ほとんどの哲学者は、知識として論じているのではなく、ものの見方考え方の基本として自分の考え方を世界に対して問いかけているのだと思います。その中には、自己をも崩壊させかねないとんでもない論理もありますが(マッハ主義者の一人は、外界は自分の感覚の寄せ集めだと信じていて、馬と自分の血液を入れ替える手術をして死んでしまった人がいました)。
日本共産党の理論的な中心をなしている科学的社会主義は、きちんと学べば、生きる上で羅針盤にもなり、分析や総合の際の武器にもなる論理だと思っています。そういうものとして学ぶようにすれば、学びがもっと面白くなると思っています。そういう話ができるようになりたいですね。
「セミナー講師の教科書」は、いい本ですね。色んな分野に応用がきく本だと思います。小説を書く事にも応用が効くなあ、と思います。こうゆう風に東芝さんには俺は随分助けられておるのです。
科学的社会主義も途中まで読んでいて、東芝さんに影響されて読破してみようと思います。
ここに書きますね。作品に対する感想。
作品全体としては、面白く読ませてもらった。書き出しから物語の終わりまで、全体としてまとまっている作品だった。さらに奄美大島の情景が書き込まれていれば印象は深くなったかも知れない。
Waoさんの小説の書き出しは、なんだか壮大な小説の世界が始まるかのような感じがした。同時に漢字が難しいので、インターネットで検索しながら読めない漢字を読めるところまで突き止めて読むという作業が必要になった。古い読み方の漢字を使っているので、それが作品世界を形作るものになっていた。「赤く紅蓮の炎を上げている火」については、紅蓮自身が赤いので、少し戸惑ってしまった。
赤マントの男は、ぼくの少ない読書遍歴からいうと、江戸川乱歩の怪奇小説のような雰囲気を醸し出している。赤マントの「ガルルルル」という言葉にならない声を発するという表現は、後に明らかになる赤マントの過去との感じで違和感を持った。登場人物の形象が少し破綻しているような感じを受けた。この人は、悲しい過去を持った人で、胸の内には、過去の出来事に苦しめられ続けている人物であり、この人物をどのようにリアルに、しかもwaoさんのもつにじみ出るユーモアとバランスをとるかということは、もう少し掘り下げるべきなのではないかと思った。
Waoさんとぼくは同い年に近いので、ぼくの子ども時代の感覚で作品を読んでいた。小学校1年の頃の記憶というのは実にあいまいなので、当時の子ども時代を描くことになると、かなり時代背景などを調べて、再構成しないとかけないのではないかと思いながら読んだ。
赤マントの髪はぼさぼさなのにポマードを塗って赤でてらてらと光っているというのが、少し合わない。30円と5円の話は、その当時の感覚では妥当な話だろうなあと何となく思いながら読んだ。この万屋での2人の出会いとして印象的なシーンになっている。
神社での赤マントとぼくとの会話には、日常のwaoさんの言説が出てしまっていて、赤マントの形象に影響を与えてしまっているので、ここでも人物形象の在り方が課題になっていると思った。赤マントをどういう人物として描くのかということが、作品世界にとって中心をなす課題なので惜しい気がした。
母親と父親の喧嘩で、ガラスコップが『母親の口に当たり、コップの破片が前歯の歯茎に突き刺さったというのには、違和感を感じた。コップのガラスの厚さにもよるが、投げつけられたガラスコップが口に当たることによって、粉々に砕け散るには、ものすごい投げ方をしないとそうならない。父親の投げるコップのスピードは150キロを超えるのか(形状からいって無理だろう)、なんてことを考えてしまった。そうなるとコップは枠だけ散るが、母親の怪我ももっとひどくなる。
母親の形象でいえば、ラストに近いところで学校に乗り込んで、担任の女教員に対し、すごい剣幕で怒りを露わにするシーンと、問題の解決の仕方は、当時でもないのではないかと思ってしまった。その日のうちに校長が女教員に「君は馘だ!」ということはそう簡単には起こらないのではないかと思ってしまった。これが実体験にもとづいたものであれば、それでもなお、どうしてこういうことになったのか、万人が納得するような物語の展開担っていないような違和感を感じた。
こういうシーンにwaoさんがぼくのブログに書き込んでくる性格というか、一種の傾向がにじみ出ているような気がする。母親と赤マントをどう描くのかによって、この作品はさらに深いものになったと思う。作品世界全体とユーモアとのバランスが、成功しているのかどうか。
父親の方は、人物像として一貫性があると感じた。戦争の影がこの人にもつきまとっている。父親と行ったスナックでバナナとアイスクリームを食べるシーンはいいなと感じた。1960年代半ばの、まだ戦前の空気が漂うような雰囲気のスナックが思い浮かんできた。
最後に小さなことを書いておきたい(笑い)。
鮸膠(にべ)は鮸(にべ)に膠(にかわ)がくっ付いて鮸膠となる。waoさんは膠の文字の辺を貝辺にしている。こちらの漢字は、検索しても出てこなかった。この漢字が一番難しかった。
以上です。細かなことを書いてしまいました。作品世界を作るためには、ものすごく大きなエネルギーがいると思います。細部によって作品に生命が宿るとも思っているので、ご容赦下さい。
大変、ご丁寧な書評有難うございます。
実は、俺も漢字に関しては、此れでいいのか、という引け目を感じておりました。紅蓮も、にべ(漢字変換出来ん)も、広辞苑を見ながら書いて、良し、間違いない、と思いながら書いたつもりなのですが、間違っておりましたか。ええと、小説「赤マント」に関しては、先程、奄美の件に関してコメントを別の所に書いてしまいました。此処に東芝さんのコメントがあると気付かなかったのです。
にべ、に関してはワープロでは変換出来なかったので、手書き文字入力で無理やり書いたのです。俺は今回、以前の様に一太郎ソフトではなく、パソコンのワープロで書きました。此れでも書けるではないか、と思ってですね。セコイでしょ。ですから、章だてで、長棒とか、ルビとか使えなかった訳です。ルビというのは編集者が出版する時に付けるもので、長年の編集者は読めない漢字はないので、作者が勝手にルビを振ると失礼なのです。付けてよいのは人名で、此れは何と読むのかな、という場合だけです。
ガラスコップの件ですが、此れは事実です。鹿児島で呑む焼酎はロクヨンというお湯割りで呑むのが普通で、コップは薄いのです。先ずお湯を6入れて焼酎を4入れるのをロクヨンと言います。それを俺の父親が酔っぱらって、母親に投げつけたら母親の口に当たり、粉々に砕け散り、その欠片が歯茎に突き刺さったのです。俺の目の前で起きた事件でした。ですから、東芝さんが想像したガラスコップというのは多分、普通に使われているガラスコップの事だろうと思われますが、そうではなかったのです。まあ、見事に突き刺さりましたね。此のシーンは鮮明に覚えております。頭から離れません。因みに鹿児島では焼酎の事を差別用語を怖れず言えば、「気違い水」とも言うんですね。
作品とユーモアの件ですが、流石は東芝さん、気づかれましたか。そうです。俺はこうゆう深刻な話をサラッと、ユーモアを交えて書けないか、模索しました。
教師の件ですが、東芝さんと俺は同時代を生きた訳ですから、共感されるかな、とも思ったのですが、当時は此の程度ではなかったですよ。もっと凄かったです。無茶苦茶でしたね。今なら、即、警察沙汰でしょう。然し、当時は教師というのは、飲酒運転して帰って事故しようが、お巡りさんにお互い公務員ではないか、ちゅう事で揉み消されたり(実は此処だけの話ですが、俺の父親も飲酒運転で事故り揉み消したという事実があります)新聞記事になりかけたのを圧力をかけて印刷を止めたりとかありました。此処には書けませんが、此の程度ではなくもっと凄い事が揉み消されたりしておりました。正直に言ってしまいましょう。俺の父親が鹿児島の福山という所で福祉施設の教師をしていたおり、言う事をきかん児童の耳を引っ張て、職員室に行く途中に廊下で児童の耳が千切れて、取れたんですね。取れた耳を親父が驚いて、セロテープで貼っていましたが、そんなものでくっつく筈もなく、その後どうなったのだろうかと思います。何故なら俺は奄美に行く前の事で、その福祉施設の中にある住宅に住んでいて、一部始終を此の目で見ていたのです。4歳の頃かな。男の子でしたがわんわん泣いておりましたね。それで父親はクビになったかというとそんな事はなく、何事もなかったが如く、仕事をしておりましたね。人権もへったくれもないですよ、当時は。
赤マントの造形描写ですが、失敗したな、と思います。此れはもっと深く掘り下げるべきでした。ほかの所にコメントしましたが、赤マントは奄美が本土復帰してから暫くして俺達の目にする事になったのですが、その時代背景をもっとキチッと書くべきでした。然し、400字詰め原稿用紙で100枚という制限では書ききれなかったのです。
さて、白状しますが、此の小説は2段組みの活字になって本になっております。1冊俺の所にあります。実は「鹿児島キリスト教会 壮年会文集」という本を作りまして、壮年会の財産にして残そうという話が出て、俺の小説が掲載されておるのです。そうなんです。俺はクリスチャンなんですよ。ぶはははははははは。驚きましたかね。婦人部が此れを読んで、感動したので、続編を書いてくれ、という話なのです。文學界の落選した奴を本にしたという訳なんです。そこにカッパノベルズの元編集者が、大変良いので載せたという訳なんですが、誤字脱字があるので訂正してくれ、ちゅうので、ワードを立ち上げて直して掲載した訳なんですよ。プロテスタントの教会なので、牧師が読んで、感動した、カタルシスがあるのでいいのではないか、という話で本になったのです。文學界が落ちたのは残念でしたがね、という話だったんです。以前、此処に書いた、英語、ギリシャ語、ラテン語がペラペラという人物は此の牧師です。1を聞いて10を知る頭の切れる人物というのはこの人物の事です。今、分厚いラテン語の神学の翻訳をボランティアでやっておる人です。誰が読むのかね、というのを一生懸命やっております。ネット上で。天才的な人ですが、「赤マント」に出てくる牧師のモデルは此の人です。何を聞いても答えてくれる人なので助かっております。最近では俺は数学を究めようと思って、「数学基礎論」を読破しました。牧師に聞いたらカントルや、ラッセルの集合論のパラドックスとゲーデルの不完全性定理も知っていて助言をしてもらいました。此の本にはP₌NP問題やファジー論理、さらには人工知能との関わりなどの数学の最先端の分野が書かれていて面白かったです。此の本を読んだおかげで新潮選書の「論理と哲学の世界」がすらすらと読めました。
ええ、俺にはまだまだ、秘密があるのですが、これ以上正体を明かすとまずいのでこのへんにしときますが、東芝さん、懇切丁寧な書評大変ありがとうございました。別の所にもコメントしておりますので、良かったらお読みください。東芝さんもそろそろどこかの出版社に作品をお出しになられては如何ですか。もう、我々には残された時間はないですよ。長々とした文章大変失礼しました。ぶはははははははは。
失礼しました。
パソコンのワープロちゅうか、 Wordで書きました。
此れでは矢張り不便なので、一太郎をパソコンにブチ込もうかな。
何か、眠れなくなりました。
よし、インスタントラーメンを作って喰って寝よう。
「ご在天の父なる神様、東芝さんがよい小説が早くかけますように、あなたが東芝さんに御手を置いてお導きください。此の祈りを主イエス様の御名によって御前におささげ致します。アーメン」
「赤マント」のプロテスタント教会の描写がリアルなので、東芝さんは俺がクリスチャンなのをもしかしたら見破ったかな?
俺は「赤マント」を1か月で仕上げたので、穴だらけだ。次回はそんな事の無いように気を付けたいと思います。
なるほど。コップは薄いんですね。薄いコップの描写が、酒飲みの父親のところで忍ばせて書いていれば、お母さんの怪我が立体的になったと思います。
学校での事件、1960年代半ばは理不尽な時代だったと思います。それだけ幅があったと思います。うちの父親が無免許で単車に乗っていて、酔っ払って事故を起こすまで、バレなかったという事件を思い出しました。今の時代の中で1960年代がそういう時代だったことを描くためには、工夫がいりますね。
考えてみると、不条理や理不尽さが社会の常識だったことをリアルに踏まえて、作品世界に反映したものは、少ないのかも知れません。
みんな知っていたことなのに、活字には書かないできたのかも、と思います。waoさんが書いている通り、飲酒運転は当たり前でした。役場では5時をまわると机の引き出しの一番下に入れてあったお酒で宴会が始まるのは日常茶飯事だったと職員は言っていました。もちろん飲酒運転つきです。
時代を遡ると理不尽さは、さらに拡大します。政治の世界が闇世界と絡んでいて、人がさまざまな形で殺されていた時代でもあったと思います。戦前は国家が暴力的だったので、もっとひどかったと思います。
時代を今の人が読んで違和感なく受け止めてもらえるようにするのは、面白いテーマですね。
ぼくの父親は、星一徹でした。飛雄馬は、その犠牲者ですが、時代を描くという点で、卓越していたと思います。「明日のジョー」の矢吹丈は、1970年のはじめには、そこかしこにいた青年の1人だったと思います。
活字の世界は上品にまとまり過ぎていたのかも知れません。
waoさんと教会の関係については、結びつけて考えませんでした。いい方がwaoさんの側にいるのを知って、良かったなあと思いました。
主人公の名前を漢字で弘明にしたのは、waoさんのユーモアの一つですか?。自分の名前の漢字を変えて作品を書くと、まわりの人は作品世界を実話として、受け止めるのではないですか?。
そういう点に対する周りの反響もお聞きしたいですね。
弘明はユーモアでは無いですね。東芝さんの名前を借りたのは、東芝さんとこうして交流があるので、記憶として残しておきたかったからです。
「赤マント」は実話に近いですが、フィクションなのでその点は大丈夫です。読み手もフィクションとして読むので問題ないです。俺はノンフィクションというものは此の世には存在出来ないと思っております。学術書を除けば。ノンフィクションと言っても、必ず書き手の主観が入らざるを得ず、不可能と思っております。
赤く紅蓮の炎をあげている火、に関してですけども、俺の友人が、紅蓮には、ピンクというのもあるから、赤く紅蓮の炎をあげている火、というのは有りではないか、と申しております。如何でしょうか。
なるほど。深いですね。もう少し調べてみます。
紅蓮にはピンクがあるか? で検索すると確かにピンクの紅蓮が画像で出てきますね。
「紅蓮とはどんな花?花言葉や種類、類語、紅蓮地獄について解説」というページです。
紅蓮の花は確かにピンクがかった花ですが、紅蓮の炎という場合は、どうも血の色を連想させるものだという指摘があります。紅蓮地獄も血の色のイメージらしいです。紅蓮地獄については、こういう説明がありました。「仏語。八寒地獄の第七(鉢特摩 (はどま) )。ここに落ちた者は、寒さのために皮膚が破れて血が流れ、紅色の蓮の花のようになるという。」
寒い地獄で皮膚が裂け、血が流れるというのが紅蓮地獄。紅蓮の炎というのは、深い赤、赤黒い赤みたいな感じですね。
色の表現というのは難しいですね。こちらが考えている色を読み手にどう伝えるかというのは工夫が必要です。天空も赤く染め上げていた訳ですが、家々が燃えている色と、天空の色とは違う訳ですし、然も、遠く島奥から見える空も若干違う筈だし、その色の違うのをどう表現するか、難しいところです。まあ、読み手に違和感を感じさせた、という事は失敗したという事ですね。
20代のときに現代詩を書いていました。民青新聞に投稿して、何度も掲載されていました。そのときに一番苦労したのが、見たことを言葉で的確に表現するということでした。
これがなかなかできない。同時に日本語が持つリズムの良さがあり、現実を文字で写し取りつつも言葉が持つ独自の力の面白さが加わると、ときには化学反応がおこります。
書いている中でそういうことを体感しました。
火事を描くときに、記憶の色を言葉で再現しようと思えば、数行描写が必要だと思います。
街は墨を混ぜたような赤黒い炎に包まれ、それはまさに紅蓮の炎を思わせる。炎を映す空は鮮やかな赤だった。弘明は、どす黒く赤い街には人々の呻き声が渦巻いている気がして怖かった。
見たいな。
waoさんが自分の記憶と照らして、その記憶に接近するように書けば、立体的になると思います。
成る程。なかなかいい表現ですね。東芝さん、僕のゴーストライターになりませんか?
しまった! 僕、なんて書いてしまった。俺とした事が。俺は、筒井康隆風に、俺と書いていたのだが何という事だ。切腹したい気分だ。いつか、俺、僕、私、の書き分けについて書いてみたい。
因みに小説「赤マント」は、私小説なので、「私」を使いました。
現代詩を書いてきたことが力になっている部分はあります。小説は描写を重ねていきますが、現代詩は、短い中に自分が見たこと、感じたこと対し何度もアプローチして、一つの形を、リズムの中で表現するものです。言葉に対する感性が研ぎ澄まされるような感じです。waoさんが見た光景をどう言葉で描く努力をするか。ここに成功すれば、誰も表現できなかったものが立ち現れてくると思います。
前にも書きましたが、宮本百合子の播州平野の一節、
「わかった?」と、弟夫婦を顧みた。
「無条件降伏よ」
続けて、内閣告諭というのが放送された。そして、それも終った。一人としてものを云うものがない。ややあって一言、行雄があきれはてたように呻いた。
「――おそれいったもんだ」
そのときになってひろ子は、周囲の寂寞におどろいた。大気は八月の真昼の炎暑に燃え、耕地も山も無限の熱気につつまれている。が、村じゅうは、物音一つしなかった。寂として声なし。全身に、ひろ子はそれを感じた。八月十五日の正午から午後一時まで、日本じゅうが、森閑として声をのんでいる間に、歴史はその巨大な頁を音なくめくったのであった。
この「八月十五日の正午から午後一時まで、日本じゅうが、森閑として声をのんでいる間に、歴史はその巨大なページを音なくめくったのであった」というところまで書けた宮本百合子は、作家として希有な存在だったと思います。あの玉音放送を聞いて、ここまで書けた作家はいなかったと思います。それは、宮本顕治の獄中闘争を妻として支えた百合子、日本の侵略戦争が敗北をもって終わることを予見していた顕治。あの闘争と宮本顕治の存在なしには生まれなかったこの文章は、詩のようにも感じます。
waoさんもwaoさんがみた情景を深く把握して書いてみて下さい。
成る程ですね。努力してみます。結局オリジナリティの問題なので、そこが難しい訳ですが、俺は俺なりに書いてみたいと思っております。
応援します。
拍手。弘明はやはりぼくの名前でしたか(笑)。
ぶはははははは。
記憶というか、記録として残そうと思ってですね。勝手にお借りしました。まあ、捕らぬ狸の皮算用ですが、次回作が通れば、小説「赤マント」に手を入れて復活させようと思っております。そうなればいいのですが。締め切りまであと4か月しかないです。
今は、まだフラグメントの蒐集中で、大分溜まってきたのでそろそろプロットを作ろうと考えております。
「セミナー講師の教科書」を読了しましたが、面白かったです。小説を書くうえで大変参考になります。応用のきく本ですね。顧客(読者)をどう満足させるか、講師(書き手)はどうすればいいのか、その具体例が細かく書かれていて参考になりました。