「自由に処分できる時間」を勉強した

志位さんの「自由に処分できる時間」について書かれた2024年の「前衛」9月号の論文を読んだ。実に丁寧に資本論草稿と資本論の中から自由に処分できる時間についての考察がなされていた。この考察を通じて、資本論草稿で展開されている「自由に処分できる時間」についての研究が、資本論に全て反映されているわけではないということを、志位さんは述べ、したがって「自由に処分できる時間」という未来社会論の核心をなすべき命題の一つは、資本論草稿と資本論を合わせて読まないと十分つかみきれないという主張が、よく理解できた。
資本主義社会から社会主義への移行は、生産手段の社会化によって始まる。これが成し遂げられることによって(ただし、生産手段の社会化は一度に全て実現するものではなく、主要な生産の部分が社会化される中で生まれるものであり、多くの部分にはまだ資本主義的な搾取形態は残ると日本共産党は考えている)、社会主義社会は始まる。しかも、この変化は選挙を通じて、社会制度の改革を通じて実現するものになる。
生産手段の社会化は、具体的には、国有化や協同組合化、労働者によるさまざまな共同管理などを通じて実現すると思われる。この中で、株式というものも変化して行くことが予想される。巨大な生産手段を社会の手に移すことを通じて、生産を担う労働者が生産の主人公になる。これが具体的にはどのような形態をとるのか。それは、未来社会が具体的な課題に直面したときに判断されることになる。
生産手段を社会化することを通じて、生産から搾取という関係がなくなる。そうなると生産の目的は、使用価値の生産に変化する。生産手段の社会化は、次第に商品の中にある交換価値という性質を変えていく。どれほどの時間が必要かは分からないが、商品生産は、交換を目的とした商品というものから変化する。それはまず価格の低減から始まる。
資本主義社会における商品生産は、「買って、買って」という身もだえするようなラブコールをともなっている。
スティーブ・ジョブズは、このラブコールについて、「いくらいい商品を作っても伝わらなければ売れない」と言っていたらしい。MacBook Airを作ったときに茶封筒からMacBookを取り出すコマーシャルを作ったことによって、世界はその薄さに衝撃を受け、MacBook Airは爆発的なヒットを記録したのだという。
生産手段が社会化された組織の中で、商品生産が社会に奉仕する形で生産されるようになると、商品固有の「命がけの飛躍」にも変化が生まれてくる。「買って、買って」という商品の悲鳴に近いラブコールは、形を変えていく。社会のために必要な生産が繰り返されていくと、商品というものの性格が変わる。今問題になっている紅麹コレステヘルプに見られるような、健康被害を生み出す商品生産は淘汰される。
資本主義における商品生産にまつわる膨大な無駄が、徐々に少なくなり、生産=社会の奉仕という関係が貫徹していくようになると、その必要性に応じた生産が増えるが、社会全体では商品価値は下がる。その一方で国民の生活水準は上がり、商品を手に入れる自由が拡大し、労働時間は短縮され、それにともなって自由に処分できる時間が拡大するようになる。──これがマルクスの展望だった。
社会主義にならないとこういう根本的な変化は起こらないかも知れないが、資本主義社会で大企業に対する、国民主権を実現した国家機構を通じて民主的な規制が実現し始めると、長時間超過密労働の是正が図られる。労働時間が7時間ないし6時間ほどに短縮されつつ、国民の自由に処分できる賃金も増大すれば、自由に処分できる時間も拡大し、地域社会が復活し、人間の個性や自由、民主主義的な精神と社会制度、人間の能力の発達も保障されてくる。この変化は、日本を資本主義国の中でも、国民の自由を保障した国へと変化させる力になる。
資本主義の下でも日本国憲法の全面実施と、それを経済的に保障する仕組み、民主主義をさらに発展させる仕組みが作られる。これを実現するためには、本当の意味で国民主権の実現が求められる。大企業に奉仕する国から国民に奉仕する国への転換は、国民の手に国家権力を移すということであり、これを実現するのが民主主義革命になる。
日本共産党は、こういう展望をもって活動している。
この発展の先にさらに自由な未来社会である社会主義・共産主義社会がある。自由と民主主義の発展としての社会主義。これはソ連や中国とは全く違う社会主義となる。自由と民主主義の価値ある成果と資本主義の下で発展した民主的な仕組みを受け継いで発展する社会主義。これは、地球温暖化を克服し、貧富の格差を大きく是正する力をもつだろう。
8月17日はかつらぎ夏まつり。5時から駐車場係。役場の正面玄関で勤労者会の一員として汗をかいた。7時半前に終わったので、自宅に戻り夕食を食べ、妻を夏まつりの会場まで送っていき、駐車場に車を停めて、ぼくも会場に向かった。
平和公園のグランドに行くと、多くの人がレジャーシートを広げて座っていたので、ほぼ入り口のところで花火を見た。



