田辺市で知事の訃報を知った
岸本周平知事が亡くなられた。
田辺市の紀州備長炭記念館の横のレストランで、お昼ご飯の備長炭ラーメンを食べているときのことだった。岸本知事が、選挙の公約に掲げた、学校給食無償化があってはじめて、和歌山県内30市町村における学校給食無償化が実現できたのだと思う。和歌山県政が、県民に寄り添えば、大きな変化が生まれることを、実感させてくれる出来事だった。
県政が県民に寄り添うことを感じることは少なかった。岸本周平さんが知事になって、それが実感できたことだけでも、大きい出来事だった。
毎月、知事が「県民の友」に書いている、エッセイのような「知事メッセージ」を読むのが好きだった。読んでいると人柄が浮き彫りになってくる文章だった。もちろん、知事が推進している施策の全てに賛成してはいない。しかし、知事には、子どもや生活に苦しみを抱えている人へのまなざしの暖かさを感じる。猫なで声のような感じもなく、すっきりしているのも好きだった。
知事とは、藤井幹雄さんを偲ぶ会で同席したので、名刺交換しただけの接触しかなかった。前知事のように行政報告会で質問したり、知事の前で挨拶したり、mailでやり取りしたというようなことはなかった。話をする機会があれば、楽しかったかも知れない。ご冥福をお祈りしたい。
朝8時に紀の川市の事務所に集合して田辺市の久保ひさつぐさんの事務所に行った。久保さんの活動を伝える応援のための宣伝は、地元の女性の案内で秋津川方面に行くという形になった。秋津川は、一節によると作家、藤原審爾さんの『秋津温泉』という小説の題名と繋がっているという話がある。秋津川は、山の中に分け入っていくような場所で、綺麗な景色の中に集落が点在していた。
お昼ご飯は、紀州備長炭記念館で、という形になった。お昼ご飯を食べた後、備長炭記念館に入館し、20分ぐらいのビデオを見て、炭や備長炭の歴史を見させていただいた。製法についての映像もあったので興味深かった。実はこの記念館の下の方に降りていくと、炭焼き窯が並んだ場所があり、そこで実際に炭を作っているのを見ることができた。窯から備長炭を取り出して、灰をかけて火を消す作業をしている人と、出荷のために備長炭を箱詰めにしている夫婦がいた。夫婦から少し話を聞かせていただいた。
秋津川を案内してくれた女性も、大阪の街から田辺に炭焼きをするために移り住んで15年という方だった。田辺市で今も続いている備長炭の生産は、こういう形で入植してきた「よそ者」のみなさんによって支えられているのだという。ウバメガシを伐採する許可を得て山の中に入り、人力で木を切り出すという作業から、窯に入れて備長炭を生産し、出荷するまでの一連の作業をするので、生産量は人手に左右される。ウバメガシでなければ、備長炭にはならない。あの金属のような音がしないと備長炭として出荷できない。生産すれば全部販売できるのだという。ウバメガシは、木の株を残して切ると、またそこから枝が伸びて行く。
こういう話を聞きながら、綺麗な景色を見て、演説を20回ほどさせていただいた。









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