反核平和講演会の資料づくり

朝から反核平和講演会の資料の印刷を、2人で行った。50ページにわたるプロジェクター用の資料をA4に2枚ずつ、裏表に印刷して13枚。それを150人分用意するというものだった。途中、インクがなくなったので橋本市の事務所に借りに行った。
夕方、作業を再開してホチキス留めをして完了したのが5時過ぎだった。
核兵器廃絶の運動は、被爆者の人々の強い思いを軸にして戦後80年間続いて来た。この運動と憲法9条を守れという運動は、密接不可分なものとして今に至っている。
ぼくは、小学校の教師だった母親のすすめで、小学校のときにはじめて原爆文学に触れた。どういう作品を読んだかは覚えていないが、小学生のぼくにとって、それは衝撃的な内容だった。
8月の暑い夏の日、白い入道雲と青い空と、澄み切った貴志川の水。このイメージがぼくの文学体験と重なっている。
峠三吉の詩を読んだのはいつのことだったろうか。10代後半か20代のはじめか。この詩人が、日本共産党員だったことを知ったのは、ずっと後のことだった。
恒久平和と核兵器廃絶。この戦後の原点は、戦争を知らないぼくたちの世代が、次の世代に引き継がなければならない課題。肉声で、原爆体験を聞けなくなる日は、近い将来、どうしても現実のものになる。被爆の姿を日本人は、歴史として学ばなければならない時代に入る。
第二次世界大戦、日本は侵略したのではないという党首が、参政党という政党をつくって躍進した。歴史を知らない人が、平気で歴史をねじ曲げて政治を語る。その意味を深く理解しないまま、参政党は躍進した。
「私たちは一から政党をつくった」と参政党は言っている。でもなんとも古くさい舟だ。77年前の明治という時代に戻せというのだから、一旦沈んだ舟を引き上げたようなものだ。
人類の歴史全体を引き受けて、その価値あるものを身に染みこませ、国民主権と恒久平和を掲げ続けている103年の歴史をもつ日本共産党の方が新しい。世界人権宣言とその発展としての日本国憲法、この中から生まれているジェンダー平等、個人の人権の尊重、核兵器の廃絶の願い。最も古い歴史をもつ日本共産党こそが、時代の最先端にいる。こういうことも伝えたい。
排外主義は必ず国民にその刃を向ける。事物には固定した境界線がない。徹底的に差別を煽り、分断を図ることを武器に、国民の不満を絡め取ろうとする政治は、その牙を簡単に国民に向ける。参議院選挙のときからこの傾向は既に始まっていた。参政党の中には、批判されると非国民と発言した候補者がいた。恐ろしい時代が始まっているが、膨大な情報の中で、参政党の党首、神谷宗幣氏が語った映像はたくさん残っている。これらの動画を証拠として、歴史の事実は一体どこにあったのかを明らかにする努力が必要になっている。
強い言葉で煽る必要はないと思う。事実の提示とともに、一緒に考えること。これが大事なんだと思う。
反核平和講演会は8月3日(日)午後1時30分から。総合文化会館AVホール 一緒に考える企画ですから、質疑応答の時間もあります。当日参加も大歓迎です。










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