地方自治体における階級闘争

雑感

いい天気だった。集金に行き、家の前で話をした。暖かい日なので気持ちがよかった。役場の2年間で人事を行うという方針が、職員をかなり疲弊させてきたと思う。止めようとしている職員も多い。それは100%町の方針のせいだとはいえないと思う。

効率を追求し、無駄をなくそうとし、個人を査定し評価するというやり方を新自由主義という経済理念をバックボーンにして、25年間もやってきた中で、全国的に働く人々が抱えているストレスが大きい。今の人事制度も、結局は新自由主義という流れの中で打ち出されたものだ。

人間のコミュニケーションを破壊し、スピードアップを求め、働く人間機械のようなことを求めても、職場はよくならない。公務員は全体の奉仕者であり、住民こそが政治の主人公だという基本に立って、住民の幸せの条件を整えるのが、自治体の仕事の中心なので、職員の仕事はこの土台の上に立って意欲が生まれるよう組織されなければならない。

日本の場合、地方自治体は、国民支配の最先端として、国による支配の中にある。国は地方自治体を通じて、社会保障の制度を具体化し、学校教育の基本を押しつけている。これは、結局は一部の支配階級の利益を守るために行われている。その結果、地方自治体は、結局のところ、階級対階級の支配を巡るたたかいの最先端という役割を背負わされてしまう。地方分権が偽物だったのは、階級闘争の帰結だった。

日本政府の自治体支配は、デジタル化を通じてより一層貫徹されようとしている。来年は企業が地方自治体のもつ個人情報が活用できるよう法律を改正するという。個人情報の利活用へ国が舵を切ろうとしている。政府による自治体情報のクラウド化は、結局、個人情報の徹底的な利用にこそ、その目的があったということだろう。

国は、地方自治体に悪政を押しつけ、それを階級支配の武器にしている。自治体の長も議員も、国が決めた事柄には、無条件で従おうとすることが多い。この分野で国の言いなりになると、地方自治体は自治の魂を失ってしまう。如何にして国の支配を打ち破って、地方自治を確立するか。ここに自治体の未来がかかっている。

階級闘争の熾烈な現場としての地方自治。こういう原点に立って物事を考え、具体的に国の支配を打ち破る運動やたたかいを組織しなければならない。
この課題を、如何に柔軟に、しなやかに、具体的に取り組み、しかも積極的提案をもって改善していくか。ここに日本共産党議員の仕事の一つがある。

雑感

Posted by 東芝 弘明