映画『人間の條件』
この夏、映画『人間の條件』をWOWOWで録画して観た。五味川純平のこの小説を読んだのは23歳の時だったと思う。小説は読んだことがあったが、映画を観るのは今回が初めてだった。主人公の梶を演じたのは仲代達矢。4年以上撮影にかかったこの映画は、仲代達矢の20代の半分を占めるものだった。観る人間を引きつけてやまないのは、仲代達矢の精魂込めた姿にあるように思う。映画は第1部から第6部まで。1部の長さが2時間ほどあるので、非常に長い長編の白黒映画だった。
1955年に発表された『人間の條件』は1300万部の大ベストセラー小説となった。五味川さん自身の従軍体験を元にして書かれた小説が描いた軍隊は、非常に生々しいものだった。当時は、満州国を舞台に映画を撮ることは全くかなわなかったので、映画の多くは、北海道のサロベツで撮影されている。
軍隊の生活では、リンチや暴力は日常茶飯事だった。主人公の梶は、上官、古参兵などに何度も何度も殴られる。
「貴様は上官に意見を言うというのか」
「いえ、意見ではありません。事実を申しているだけであります」
これだけで往復ビンタを浴びる。
体力のない青年(田中邦衛)がリンチに耐えられなくなって、便所でライフルを口に当てて足で引き金を引いて自殺する。
このときも、梶はリンチが引き金になって自殺したことを訴え出て、殴り倒される。
最近の日本映画は、日本陸軍の姿をまだまだ優しく描いている。しかし、軍隊に身を置き、克明に理不尽なことを体験してきた作家は、日本陸軍の醜悪な姿を克明に描いていた。自由と民主主義のない国の軍隊は、如何に軽く人間の命を扱うのか。思い知らされるような映像だった。
梶たちは、ソ連軍が攻めてきたとき、ソ満国境でソ連を迎え撃ち、部隊はほぼ全滅させられる。生き残った梶たちは、逃避行して南を目指す。その途中でほとんど無傷の日本の中隊に出会う。そこには中将クラスの士官がいて、キャンプを張っていた。
「お前たちは、なぜ死ななかったのだ。どうして生き延びた。仲間たちは勇敢にも死んだのではないか。お前たちは逃げたのか」
士官は、梶たちに疑いの目を向け、銃を構える。
日本の軍隊は、勇敢に戦って死ぬべきだという思想だろう。
日本軍は、孤立した部隊の救出作戦などを組んだことがないと思われる。「生きて虜囚のはずかしめを受けず」という異常な戦陣訓によって縛られた侵略の軍隊は、生き延びた兵士に対し、生き恥をさらしているという目を向けるのだ。
梶は、戦闘行為を重ねる中でソ連兵や中国人をたくさん殺していった。それは逃避行を重ねながら妻・美智子に元に帰るという一心からでたものだった。
『人間の條件』という題名が梶の背中に重くのしかかっていく。
梶たちは、結局はソ連の捕虜になり、ソ連へと連れて行かれる。鉄道の建設など強制労働をさせられ、囚人のような生活をさせられる中で、ソ連軍は、日本人の管理を日本の兵士に任せるようになる。ソ連に従う兵士たちは、中間管理職として日本の捕虜を足蹴にする。梶はこの収容所で、一緒に逃避行を続けていたが、10代の姉弟を送り届けると言って、隊列を離れた男と再会する。この男は、送り届けるといいながら少女を暴行することが目的だった。男は少女を殺害したことを梶に平気で告白した人間だった。この男も、ソ連に取り入って中間管理職のポストに居座っていた。この男は、梶の若い部下を死に追いやる。梶は夜更けに男が寝ている枕元に立って、男を外に呼び出し、怒りにまかせてこの男をチェーンで殴り殺し、そのまま収容所から脱走する。脱走しても捕まるか、飢え死か凍死するだけだと言われていたのに。
「多くの人間を殺した。それでも美智子は俺を受け入れてくれるだろうか」
浮浪者になり、ぼろをまとい、食べるものも手に入らなくなって肉まんじゅうを盗み、中国人に袋だたきにあい、それでもよろよろと荒野を歩き続ける梶。この梶がもうろうとする意識の中で考えていたのは、このことだった。
荒野を彷徨い、雪の降る中で倒れ、死んでゆく梶に降り積もる雪。その雪は人の形をした小さな丘を作る。
小説を読んだとき、一途な生き方をした梶は、しかし死ななければならなかったのだと感じた。『人間の條件』という題名は多くの人間の『條件』なるものを描き、それを主人公である梶にも突きつけた。小説を読んで感じた気持ちが、映画を観る中でも蘇ってきた。
日本が仕掛けた戦争は、極めて非人間的なものだった。それは、屈強な肉体と精神をもった梶を滅ぼした。正義感の強い、人間を大切にしようとし、不正を憎み、そういうものに立ち向かった梶を戦争は飲み込んで行った。罪の意識を持ちながらも殺人を重ねる人間になっていく梶を滅ぼしたのは一体何だったのか。
日本の侵略戦争の理不尽さが画面から迫ってくる。映画から受けたのは、日本の戦争への強烈な思いだった。
日本の民主主義は、あの時代よりも大きく進んだ。自衛隊は、日本軍の持っていた悪しき集団暴行という慣習を排除して、仲間の部隊を救出する組織に生まれ変わっているだろうか。国会での強行採決の姿を見ていると、戦前の非人間性は、今も生きているのではないかと思わざるをえなかった。












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