政治は環境の一つ。汚染されたら人々は生きていけない

雑感

共謀罪のことを考えて、事務所で事務作業をしていると、マルチン・ニーメラーのことが浮かんできた。
「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」(ウキペディアより)

「私たちに共謀罪は関係ない。私は犯罪を犯さないから」
「悪い人を取り締まるんだから、いいんじゃない」
こういう意見がある。
共謀罪のことを説明すると、
「そんな難しいことは分からないし、言っていることは極端じゃない?」
「日本がそんなことになることないやん」

などという意見が返ってくる。
今日はこういう人々に訴えたい。
共謀罪については、日本はいい国だから、日本は平和だから。私には関係がないから。よく分からないから。
こう思っている人は多いだろう。

自分たちの身近に、十分に発言できないようなことはないだろうか。
あなたの働いている職場では、自由にものが言える環境にあるだろうか。

日本の職場では、自由にものが言えない雰囲気がある。
上司から自分の業務外だと思われる仕事上の指示を受けたら
「そんな契約はしていない」
と言えるだろうか。
アメリカは、はっきりそういう返事が返ってくる。違いは国民性にあるのではない。働く者の権利が職場できちんと守られているかどうかの差だ。
民主的な仕組みの弱い国。これが本当の日本。マスコミに対し政府の干渉がエスカレートし、自主規制がまかり通り、首相とマスコミのトップが頻繁に会食する国。この中で報道の自由が全世界で70数位にまで後退した国。これが日本の現実。私たちは、安保法制ができ、共謀罪が提出され、2020年には憲法改正をしたいというところまで、事態が悪化している国に住んでいる。

私たちは、腕の先に鉄の棒をもって生活している。共謀罪は、私たちが持ってる鉄の棒に微弱な電気を流す。
最初は「あれま、恐い」と言って鉄の棒を離したら自分との関わりを断つことができる。
「自分に関係ないわ」ということで事が済む。

しかし、国民監視は次第に充実してきて、戦争が始まると監視体制は本格化する。これは歴史の教訓だ。戦争は、国民の数多くの戦死を必ず引きおこす。自由な国のままにしておくと、戦争反対の運動が高まって、戦争を自由に遂行できなくなる。戦争を遂行する国家は、国威発揚を行う一方で必ず反対運動を弾圧する。
その時に、関係ないと言っていた人の中から、積極的に戦争に協力し、国民の監視体制に協力する人が出てくる。
安倍政権に積極的に迎合している人が増えているように。迎合する人は戦争が始まればもっと増える。
共謀罪は、国民監視の体制として猛威を振るうが、大人しくしていれば、自分の命に関わるようなことはなかなか起こらないかも知れない。
でも、まわりの人が戦場にかり出されるのは間違いない。

今必要なのはイメージすること。具体的な法律の内容を調べ、民主主義が危ないと言っている人の言い分をしっかり聞いてみること。
共謀罪で言えば、作家やジャーナリスト、弁護士、元裁判官などが反対を唱えている。こういう人々は、時代の動きを専門家の目で捉えている人々だ。こういう方々の言い分に耳を傾けるのは意味があることではないだろうか。こういう人々の声を聞くところから、自分たちとのつながりについて考えてみてほしい。

社会人になっての学びは、目に見えないことを見抜く力を身につけること。政治や社会の問題は、自分たちが生きている世界の「環境」の一つ。本来ならば、国民の幸福の条件を整えるところに政治や社会が存在しているのだけれど、それは空気のように見えない。空気のように見えない存在に対して、「汚染が進んでいるよ」と警鐘を鳴らしてくれるのが、多くの専門家だ。専門家は進んでいる環境汚染を敏感に捉えて知らせてくれる。
「この政治の環境汚染、あなたの生活にも大いに関係があるんですよ。実は」というように。

共謀罪は、国民監視の新しい警察制度を必要とする。目的は国民の監視に他ならない。戦争遂行のために反対運動を抑え込む。ここに共謀罪の本当の狙いがある。
時代の空気を読んで、自分の身を守るために、たとえば「国防婦人会」のような組織に入って、「戦争賛成、日本ガンバレ、お国のために血を流せ」という側に立つようなことはしてほしくない。
戦争を描いた朝ドラをみていると、よく国防婦人会の人々が描かれる。こういう立場に立った人々は、戦後民主主義の高揚期には、「新しい時代を、民主主義を」という態度に寝返った人が多い。自分の過去の経歴には口をつぐんで。こういう生き方は、したくないししてほしくない。

繰り返す。
政治や経済は、私たちが生きて行く上での環境の一つ。この環境が汚染され極まったのが、第2次世界大戦下の日本やドイツ。多くの人が、何の罪もなしに殺された時代。この時代が繰り返されようとしているときに、環境の一つである政治について、聞いて知ってほしい。あなたのまわりにも、警鐘を発している言葉や人物は存在している。


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雑感

Posted by 東芝 弘明