請願は採択、なのに意見書は否決

かつらぎ町議会

長い3月会議が今日の1時過ぎに終了した。
憲法9条を存続させることを求め、国に意見書を上げてほしいという請願は採択されたが、それによって提出された意見書は否決された。請願が採択されたら意見書が可決されるのが当たり前だ。今日は、起こり得ないことが起こった。
請願の審議が本会議で行われた時に、質疑の後、請願に反対の議員の方々6人は、全員反対討論を行った。賛成討論は5人がおこなった。ぼくは、意見書のところで行う予定にしていた賛成討論を請願のところでおこなうよう切り替えた。採決の結果請願は賛成7、反対6となり、賛成多数で採択された。
この請願採択を受けて意見書を出すために意見書が提案された。これに対しても質疑があり、反対討論2人、賛成討論1人(東芝)という形になった。採決の結果は賛成6、反対7となって意見書は否決された。

あろうことか、請願の紹介議員の1人が、意見書に反対した。これは自己の立場を否定するものだった。黙って反対したのだから、議場にいた議員はアッと驚いた。
こういう結果になったので調べてみた。
紹介議員なしに請願は提出できないという規定があるので、紹介議員というのは重い位置を占めている。それでも紹介議員を辞退することはできる。辞退するためには、議長に辞退する旨を申し入れ、議会本会議で承認を求めなければならないし、質疑もおこなわれる。今回は、こういう手続きを経ないで、黙って自分が紹介した請願の意見書に反対した。この責任は極めて重い。自分が納得して紹介議員になったのだから、反対をしたのは極めて異常だった。この議員は、請願人を裏切ったことになるし、議会の手続きとしても、責任を果たしていないことになる。反対・賛成は議員の自由だし、今回反対したのも当然有効だが、議員としては、「信義にもとる」ということだろう。

出された意見の傾向を書いておこう。
共産国(この中にはもしかしたら北朝鮮も入っている?)や中国の脅威を主張し、自衛隊を憲法に明記すべきという意見があった。これは一体どういうことなんだろう。共産国や中国の脅威について、ちょっと書いてみたい。

中国の脅威について、日本政府は、明確に安保法制の国会審議のときに否定しているが、そんなことはお構いなしだった。北朝鮮の脅威については、多くの国民が感じている問題だが、踏み込んで事実を分析していけば、北朝鮮は一貫してアメリカを相手に徴発を繰り返してきたということであって、日本との間で丁々発止、対立をしてきたのではないことが見えてくる。大陸間弾道ミサイルは、日本に撃ち込むために実験していたのではなく、アメリカに届くことを証明するために宇宙空間に高く打ち上げ、海に落としていたのだ。
グアムの方向に打つぞと脅し、トランプ大統領に見たこともない戦争が起こると言われて、北の空に打つように変更したのは、明らかにアメリカの脅しに対し、反応したものだった。冷静に北朝鮮の動きを見ていれば、この国が朝鮮戦争の枠内で動いているのは明らかだ。だからこそ、韓国と北朝鮮、アメリカと北朝鮮という形で首脳会談をはじめ事態の収拾にために動き始めているのだ。雨零下の尻を叩いて、対立を煽ってきた日本が、交渉の相手にされていないのは、まさに外交とな何かを物語っている。
「北朝鮮は何をする国か分からない」という言い方がよくされるが、一連の動きを見ていれば、そんな訳の分からない動きをしているのではない。これが見えてくる。

そういうことを踏まえず、国際情勢が変化し、脅威が高まっているというのは、事実に反するが、この間、こういうことを安倍内閣そのもの、なかでも安倍総理自身が煽ってきたし、新聞も追随して書いてきたので、不安を掻き立てている人が多いのは理解できる。しかし、政治の世界に身を置いている議員であれば、自分の主観的な感覚ではなく、事実を調べて対峙すべきだと思う。中国の脅威には根拠がないし、北朝鮮が日本に攻めてくるということも根拠がない。

昨年秋の衆議院選挙のときに北朝鮮問題を安倍総理は利用して、「国難」だと言った。しかし、選挙が終わった後、この国難に対して具体的にしたことで目立ったのは、トランプさんに会って兵器を大量に買うことを約束し実行しつつあること、経済的制裁を主張したこと、平昌オリンピックのときに韓国に行って、制裁の手を緩めるべきではない、対話は意味がないことを韓国の文在寅大統領に意見したことではないだろうか。これが「国難」に対する答えだろう。アメリカの要求に従って、敵基地攻撃能力をもつ巡航ミサイルを配備したり、空母まで備えるために軍備を拡大しているというのが現実だ。これらは専守防衛の枠を完全にはみ出している。国際的に緊張を高めているのは、在日米軍基地の再編成や日本の軍備増強だという見方も成り立つ。

自衛隊を憲法に明記すべきだ。だからこの請願には反対だという意見もあった。これは、憲法に自衛隊を明記しても、それをもって日本が戦争に巻き込まれることはないという意見だった。日本が戦争に参加するという根拠は何か。それは安保法制だろう。あの安保法制を強行採決することによって、集団的自衛権行使に道が開かれた。
まだ憲法改正の動きが具体的に明らかになっていない、条文も示されていないし、憲法改正の発議もされていないので意見書を出すのは反対という意見もだされた。
安倍さんの昨年の5月3日のときの記者会見に端を発した憲法改正の動きは、憲法第9条の1項と2項を残して第3項を付け加え、自衛隊を明記するというものだった。憲法9条をめぐる改憲の方向性は鮮明だった。しかもこの方向に沿って自民党内では議論が進んでおり、3月22日、さまざまな案の中から1つの案に絞られ、たたき台が示されるに至って、このたたき台をもとに細田さんに一任されるところまで来た。憲法第9条の改正の方向性は極めて鮮明になりつつある。議論をするのであれば、この動きを踏まえるべきだろう。

国会発議の権限が国にあるにもかかわらず意見を上げるのはどうか、国民は憲法改正の発議のときに態度を表明すればいいのではないか、という意味の主張もあった。しかし、主権は国民にある。憲法は国民主権と基本的人権を守るために存在し、国家権力の手をしばるものだ。国民が憲法に対して自由に意見を述べるのは、当然の権利ではないだろうか。

近隣の市町をみても、意見書を上げようとしているのはかつらぎ町だけ、もっと近隣の状況をみて判断すればいいのではないかという意見もあった。こういう意見を上げるのは、国民の自由な論議を否定しかねないという懸念も出された。
近隣の市町村の態度を見てというのは、いろんな問題でよく出されるものだ。自治体が自主的な施策を講じて、住民のために変化を起こせるかどうか。こういう傾向に対して、日本共産党の議員団は、28年間意見を述べてきた。この中でかつらぎ町は、多くの問題で、自主的に判断する傾向を強めてきたが、全ての問題に対して、自分の頭で考えて自主的に判断するということにはなっていない。
このような考え方は、日本人が一般的に持っている同調圧力ではないだろうか。この傾向を打ち破って一人ひとりの国民が判断して、原発反対や安保法制反対に立ち上がったのが、この間の国民運動だったように感じる。
空気を読んだり同調圧力の中で物事を判断する傾向とは、丹念に付き合って、自分たちの頭で、自分たちの問題として考えていくことは、国民一人ひとりに問いかけられている大きな問題なのではないだろうか。

事実を丹念に追及するという点で、改めて考えさせられた。事実をきちんと見つめる。事実をふまえて物事を考えるということの大事さを痛感させられた。ただ難しいのは、憲法改正の動きを理解するためには、きちんとした学習が必要だということだ。新聞だけを追いかけていても、改正の動きは見えてくるが、新聞という断続的な、ありとあらゆる情報のおもちゃ箱のような記事の中から憲法改正の動きを把握するのは、かなりの努力を必要とするだろう。
しかし、安倍さんによる改憲の動きが鮮明になっているので、改憲の動きを伝える書籍は、日本の中にものすごく多く出版されている。そういうものをいくつか読めば、憲法改正問題の姿がきちんと見えてくる。
憲法問題を学べば、憲法の中心的な精神が個人の尊厳にあり、幸福追求権という第13条にあることも理解できるだろう。この最も根源的な精神を憲法から学び、日本国憲法の生い立ちや歴史も踏まえて憲法を捉えれば、憲法第9条の値打ちも見えてくる。

安倍政権を中心とした憲法改正は、憲法第9条の改正とセットで緊急事態条項を盛り込もうとしている。緊急事態が宣言されたら内閣総理大臣は、閣議にかけて緊急事態を宣言することができるようになり、緊急事態には法律と同等の政令を発し、予算措置を講じることができるようになる。また緊急事態が宣言されたら衆議院を解散しないで任期を延長し、国民に対しては基本的人権に制限をかけることができるようになる。
「戦争に参加しようとしている」という意見に対して、そんなことは全くない、戦争には反対だ。憲法第9条の改正をおこなっても、戦争なんて起こらない。ただし抑止のためには憲法改正が必要だということだが、特定秘密保護法と安保法制、共謀罪を強行し、憲法改正の具体的方向性を示し、敵基地攻撃までできる兵器を備えようとしている動き、天賦人権説をやめることを鮮明にして、有事を含む緊急事態になれば、基本的人権を制限することも明らかにしている自民党の動きを見れば、戦争参加を準備しているのは明らかだろう。南スーダンのPKOに参加した自衛隊には、駆けつけ警護を付与して、武器を持たせるに至った。具体化はすでに始まっている。

こういう事実をふまえた議論をするためには、本などによる学習が必要だと思う。
2020年までに憲法改正をしたいという安倍さんによる焦りがあるので、国民は憲法を守る運動に取り組まなければならない。権力を持った内閣や自民党が急いでいる中で、自由に緩やかに楽しく論議をするだけでは間に合わない。

それでも、お茶を飲んで、憲法の歴史や日本の歴史、憲法について生活に合わせた議論を深めることが、一番大事なのは変わらない。そういう議論は、平常時にすればいいということだが、憲法改正の具体的な動きの中で、緊急性がなければ憲法への意識も高まらないという側面もある。
運動しながら、自由にフランクに憲法を穏やかに語る。そういうことが大事なように思う。
憲法カフェとともに憲法を守る運動を。緩やかに急ぐという面白いことをしたい。

かつらぎ町議会

Posted by 東芝 弘明