道路特定財源の意見書 2006年6月7日(水)

かつらぎ町議会

「道路特定財源の堅持を求める意見書」を提出していただきたいという要請が和歌山県道路協会という団体から出され、産業建設常任委員会での議論になった。
いつも、この意見書はこういう形で提出の要請が来る。
和歌山県道路協会というのは、各市町村が加盟団体として入っている組織で、いわゆる外郭団体と呼ばれるものだ。
この団体から意見書の要請が出てくるということは、利害関係にある団体が自分の利益を守るために、意見書を提出してほしいという要請をするということだ。何だかしっくりこない。
意見書の最大の要求は、『道路特定財源を一般財源化することなく、すべて道路整備に充当されたい』というものだった。
この要求自体現実にあわない。道路特定財源は、一定部分がすでに一般財源化され、道路関連とはいえない都市再生などに活用されはじめている。和歌山県道路協会が作成してきた意見書案は、この使用方法にも異議を唱え、すべて道路整備に使えという極端なものだった(この部分は、ぼくの指摘を受けて最終的に修正された──しかし、道路特定財源の堅持という本質は変わらなかった)。
国は現在、従来の地方への特定財源ばらまきという政策を転換して、効率を問題にし費用対効果という観点で重点的に予算を配分するようになりつつある。これは、明らかに都市重視、地方軽視の流れに他ならない。こういう流れが起こり具体化が進んでいるのに、従来と同じように、ただ単に道路特定財源をすべて道路整備に活用してほしいという要望は、国がおこなっている議論とはかみ合わないものになりつつある。
地方にとって道路整備が必要な側面もある。したがって、『一般財源化を図っても必要な道路予算を確保し、地方重視で予算措置をおこなうべき』というような要求にすべきであり、従来のような道路特定財源の全額確保に固執すべきではないだろう。
特定財源というしばりは、必要な道路予算の確保を通り越して、道路にしか使えない膨大な予算の創出というものになりつつある。ある時期まで必要だった施策が、時代の流れに合わなくなっているのだ。
問われているのは、都市への集中と地方の疲弊の是正であり、田舎でも生活が成り立つという意味での農林水産業および地場産業の育成である。
都市への一極集中的な国づくりは、国政上の大きな誤りだと思う。しかし、この是正は、道路建設一辺倒による地方の開発では実現できない。
求められている政策は、ハード面重視の土建国家の再生ではなく、ソフト面重視による農林業の再生、地方都市の再生である。田舎は田舎のまま生活が成り立つように産業を振興することが、国の政策として求められているということだ。
道路建設が、地域の産業振興の基礎になることはありうるだろう。しかし、それは、産業振興政策を実現するために道路建設をおこなうというものでなければならない。道ができたから産業振興というのではうまくいかない場合の方が多い。
国は、現在道路特定財源の一般財源化について、すべてを一般財源化するという方向をとってはいない。すべてを一般財源化して、そのなかで道路関連の予算を確保するという政策はまだ日程に上っていない。
一部一般財源化という議論の中での話だが、道路整備関連の財源が余ってきている点からいえば、その使い道を有効に検討するのは、当然のことだろう。それさえ否定するのは、むだ遣いを温存せよということにならざるをえない。
時代は、土建国家の弊害からの脱却を求めている。
少子高齢化、都市への人口集中、地方の衰退と過疎化という問題を真剣に考えると、財源の有効活用という課題が浮上する。
土建国家の手直しによる都市への集中と集積。──こういう方向に政策を展開するのではなく、文字通り国民生活を擁護するために特定財源を一般財源化して活用すべきではないか。
少子高齢化への対応を考えれば、当然、福祉分野への活用も視野に入ってくる。国民のもっとも不安な年金に活用して、最低保障年金制度を創設することも考えられる。
ぼくはこういう観点から意見をいわせていただいた。
保守・公明の議員の方々は、道路特定財源の堅持の意見書提出に賛成した。
これは、毎年6月に展開される恒例行事のようなものになりつつある。

かつらぎ町議会

Posted by 東芝 弘明