議員定数の削減が可決 2006年6月15日(木)
今日の読売新聞に丹生都比売神社の100年杉(朝日は160年杉)の根本にドリルで穴が開けられ、除草剤が注入され、杉が枯れ始めていることが記事として掲載されていた。ぼくは、この記事を人から教えられ、夜になってから読んだ。Yahoo!ニュースにアクセスして「丹生都比売神社」で検索すると、読売新聞よりも詳しい記事が載っていた。
<和歌山>世界遺産・丹生都比売神社の木に除草剤
かなり手の込んだ悪質な行為だ。何の目的があってこんなことをするのだろう。
自分のした行為がニュースになることを楽しんでいるのだろうか。
丹生都比売神社は、世界遺産に登録され、訪れる観光客も増えている。こういう行為を行われたことを通じて、ニュースになり注目されるというのは、皮肉なことだ。
紀伊山地の霊場と参詣道という形で世界遺産になった丹生都比売神社に対し、この位置づけをもっとも理解しない形で汚した行為になる。
さて、本日の本会議。終了間際に波乱が起こった。
議員派遣のことを議題にする直前、つまり、すべての議案が全部終了した後、長老格の議員から議事進行発言があり、休憩を求め議長が休憩を宣言した。
あと、数分あれば、すべの日程が終了し、議会が閉会するという状況での休憩だった。
普通、このようなタイミングで休憩を願い出ても、議長がその発言を退けて議会運営を続行する。休憩を求める必然性がどこにもないなかでの休憩だった。
時間は、午後4時前だった。
休憩に不穏な空気を感じた議員は、そのまま本会議場に残っていた。
4時45分頃、議会が再開され、時間の延長を議長が宣言した後、再び休憩に入った。
議場に残っていた議員に対し、一人づつ呼び出しがかかり、署名が組織されていた。前に議員定数を削減したときも、一人一人1本づりで賛成議員を組織して多数で議員定数を削減したが、その教訓を踏まえたやり方だった。
議員の中には、多数が一方向に動くとなびく人もある。賛成した議員は、全員信念を持って賛成したと思うが、それぞれの方に、それぞれの信念を聞いてみたい気になった。
そう言う形で18人の賛成議員が組織され、本会議に議案が上程された。
ぼくは、議事に入る前に議事進行を求め、3月議会でおこなったように、ことの経緯、提案の理由について、まったく説明がないので議員全員協議会を開催していただきたいと言って休憩を求めた。本会議にはさまざまな制約がある。自由闊達に意見交換する必要がある場合、質疑という形式がそぐわない場合がある。ぼくの発言は、このことを踏まえた発言だった。
3月議会のように全員協議会が開催され、一人一人が発言し、意見を述べ会う機会があれば、一人一人の真意が明らかになる。
すると議長は、
「本会議で徹底的に審議を尽くすことが保障されているので、全員協議会は開きません」という発言をおこなった。
議会最終日には、課長と議員の懇親会が予定(共産党の議員は不参加)されており、圧倒的多数の議員と町の幹部が予約を入れて準備をしていた。その予定は5時30分。その時間は目前に迫っていた。
「徹底審議というのであれば、3回の発言というルールは取り払っていただきたい」
ぼくは重ねて議事進行を求めた。
議長は、基本的にはこのルールは守っていただきたいという態度をしめし、ぼくのこの提案も退けた。
議案を追加日程で上程することについても意見が分かれたので、採決がおこなわれ、ここでも賛成18、反対6という結果になった。
提案者は、今回議員を引退しようとしているY議員だった。
提案理由は、「県下の状況をかんがみ」ということだった。
質疑は、7時過ぎまでおこなわれた。その結果、議員定数を削減した理由は、花園村の議員が、選挙区を移してかつらぎ町から出馬するのが気にくわないので、議員定数を減らし定数を16にし、花園村に選挙区を設けないというものだった。
今年の3月議会、保守系議員の方々の多くは、花園村と合併したのだから花園村の意向を尊重して小選挙区の設定は必要だという態度を取った。日本共産党は、小選挙区を設定するのは、地域と地域を分断することになるとして総定数18の全選挙区制度を求めていた。
しかし、3月の決定では、花園選挙区が1、かつらぎ選挙区が17ということになった。
この決定は、議会が下した決定だった。
日本共産党は、自分たちが求めたものと議会の決定とは違ったが、議会の決定には当然の重みがあるので、この決定の枠組みで選挙の準備をおこなってきた。
3月議会の決定は、住民の前にかなりの規模で徹底されてきた。議会決定を重んじて、今回の選挙は、17と1という枠組みで選挙を戦うのが当たり前の態度だと思う。
3月議会の決定にしたがって、選挙準備が大きく動き始めた。
花園は、次第に1対1の一騎打ち選挙になる様相を呈し始め、当選が見込めない2人の方が、かつらぎ地域に住所を移してかつらぎ選挙区から出馬するという動きになっていった。
かつらぎ選挙区は、定数17に対し、20人程度の立候補者の名前が飛び交いはじめた。
花園の議員がかつらぎ町から出るという事態に対し、提案者のY議員は、「想定外の事態がおこり」、「議員の中にうっせきしたものがあった」、「(3月議会の決定の)意味がなくなってきた」と答弁した。
「県下の状況にかんがみ」という提案理由の方は、3月議会の時も県下の状況をふまえて議論をし、それを踏まえた上での結論だったので、今回改めてそれを理由に提案してくるというのは意味のないことだった。
結局、残った理由は、花園村の議員が、かつらぎ選挙区から出るのは許せないので、自分たちで決めた定数を削減するということだ。
3月議会で決めた枠組みで、予想外のことがおこり、その事態を許せないので定数を削減する──こういう発想と動きは、議員のまったく勝手な、言い分とやり方に他ならない。議員の定数を自分たちで自由に細工できるものであるかのように扱い、まさに朝令暮改で自分たちの決めたものを簡単に踏みにじる。議員定数を私物化するようなこの態度には、議会人としてのモラルも道理もない。
保守系議員の多数の方々は、花園村との合併を重視して花園村のことをよく考えて定数を設定しなければならないと言ってきた。花園地域の住民のなかには、代表を議会に出したいという思いもあるだろう。しかし、今回の議員提案による定数の削減は、自分たちが今まで言ってきた言説をまったく反故にした上で、花園地域の住民の気持ちを踏みにじるものである。議会が合併でもっとも大切にしなければならないはずの一体化への努力を、議会の多数派が自分で踏みにじり、地域間に溝を作るような行為をおこなったことになる。
議員定数の削減には、さまざまな議論がある。しかし、自分の将棋の駒のように、自由に勝手に議員定数を扱うような態度は、議会の値打ちを下げるものにしかならない。
議会の決定の重さもなければ、モラルもない今回の行為は、極めて恥ずべき行為ではないだろうか。
朝令暮改を平気でおこなうような議会は、住民に信頼される議会にはならない。
公的な重要問題を議員の私的な思惑で左右するのは、議会を堕落させるものであり、かつらぎ町の議会を地に落とすものだ。
16年間の議員活動の中で、議会がこんなに汚い世界に見えたことはなかった。
賛成者18人、反対者6人。議案審議の性格上、質疑は、反対者6人と提案者1人の中でおこなわれた。賛成した17人の議員は、黙ってこのやり取りを聞いていた。最初から結論が見えているので質疑が終わるのをジッと耐えて待っているような感じだった。
本会議というシステムを利用すれば、多数の議員が問答無用で議案を通すことができる。
今回は、この手法を活用して議員定数の削減がおこなわれたということだ。
これが、この国の民主主義だ。









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