議会改革の意味は大きい
アパマンショップへ
ひとり暮らしがしたいという娘に付き合って、岩出市のアパマンショップに行った。移動ドアが開くと、時計は10時2分を指していた。10時から営業が始まるということなのに、すでにお客さんが2組いて話し込んでいる様子だった。
条件を語って検索すると物件がリストアップされ、地図上の住宅アイコンをクリックすると建物の外観や部屋の間取りが確認できる。昔の不動産屋とは雲泥の違い。周辺の道路状況や環境を確認して、1つの物件を見に行くことになった。これで商談はほぼ成立。鍵の引き渡し日を決め、スマホから必要事項を書き込むと契約が成立するのだという。印鑑証明も住民票もいらない。10時から1時間半で全ての手続きが終了したので自宅に戻るときっかり12時2分だった。
IT化をするのならアパマンショップのように簡潔に物事が進むところまでシステムを組み上げるべきなんだろうなと思う。複雑な行政の、法律と権利の絡むものをどうやってこのような形に組み上げていくのかというのは、かなり時間のかかるものだろう。3年計画とか5年計画に落とし込むまで、かなり内部でシステムを組み上げて、パッケージを現場に下ろさないと上手くいかないし、他の業務との連携もうまく計らなければならないから、簡単にはできないと思われる。アパマンショップにできるんだから、行政もということにはならない。扱っている事務の多様性が全く違う。
必要なのは夢を語ることではなくて、具体的にどうやってシステムを組み立てるかだ。これを上から、国から押し付ける形で推進している方法で、どこまでもって行けるのだろうか。日本の国民のデータをクラウドで管理するように計画しているが、管理をAmazonに依拠して、国民のデータをアメリカ合衆国内に置くなんてことを、いとも簡単にやっている日本政府というのは、大丈夫かなと思う。ヨーロッパの多くの国は陸続きだが、国民のデータ管理は、国内で行うという方法がとられている。いきなりアメリカのアマゾンかよというとんでもないことが、日本では平気で実現している。
アメリカ政府は、日本国民のデータをAmazonに対して開示を求めることができるのだという。これでどうやって日本の行政が持っているデータのセキュリティが守れるのだろうか。根本が間違っているだろう。
革新懇の総会

午後は、伊都橋本革新懇の総会があったので参加した。総会の記念講演として和歌山市の藤沢衛氏からカジノ誘致をめぐる住民投票条例の制定を求める直接請求署名の運動について、お話を聞かせていただいた。直接請求署名のめんどくささと困難さは、聞きしに勝るものだ。署名をとることのできる人を選定し、その人の委任を受けた人だけが署名を集めることができるというシステムは、住民主権を行使する住民の直接民主主義の困難さや壁の高さを物語っている。住民が権利を行使する場合のハードルの高さと、議会における議員の権限の大きさの落差がすごい。議員は議会選挙によって選ばれた人間で、議員のもつ判断の大きさと重さは、住民と比べると理不尽なほど大きい。
それだけに議員は、十分な知識と見識が求められるが、そこが如何ともし難いほど心もとない。大きな力を議員が持っているのにその自覚と見識が低い。話を聞きながら僕は、間接民主主義と直接民主主義の壁のようなものを感じた。それだけに議員が議員相互の学習や討議を深めて、見識を高め、知識を身につける努力を求めなければならない。住民投票条例の制定を求める運動が起こったら、議会側は、もう一段広く深いところから直接民主主義と間接民主主義の関係やこの二つを基本として社会制度が成り立っていることや、民主主義というのは住民の意思を尊重するところにあることなどを学ぶ必要がある。
今の議会システムは、議員のスキルアップを議員一人一人の努力に委ねる形になっている。議会には議員相互の学習や協議が存在しない。システムの中にこういう考え方がなく、仕組みとして相互に学習したり協議したりすることが組み込まれていない。こういうことをしようと思えば、議会改革を実施して、議員間協議というものを導入する必要がある。本来、議員は住民の代表であり、住民の願いを行政に伝え、実現するところに役割がある。しかし、このことさえ十分に議員には伝わっていない。このことをあらためて理解してもらうだけで議員と議会は変化するが、このことを伝えることには、かなり努力が必要だ。
共産党の議員は、議会と議会議員がそういう存在であることを、丁寧に伝え議会そのものを変化させる必要がる。議会改革の任務を共産党の議員が担う必要がある。議員が住民の声を議会に反映させるようになるだけで、自治体は大きく変わる。
他党派の議員も首長も住民の敵ではない。日本の階級闘争は、地方自治体にも完徹されてはいるが、その貫徹の仕方は議員や首長を通じて行われているということではない。もちろん、国や県などの行政機関の仕組みを通じて、推進している制度の仕組みや制度運営の理念を通じて、住民本意ではない考え方が繰り返し貫徹されているので、この分野での解明とたたかいはかなり重要だし、この分野で何が本当は必要なのかを具体的に明らかにしていかないと、自治体はよくならない。
しかし、この問題と階級的な利害関係が、地域の中に存在していて、一部の勢力が自治体に支配力を行使している場合とは、大きく違う。階級的な利害関係が具体的に地域の中に存在していて、その支配によって住民が分断され苦しめられている事例はいくらでもある。典型的な例の一つは、原発立地地域だろう。そういう自治体では、住民が率直に自分の意見さえ言えないケースがある。このような地域での議会の活動は、より一層困難だと思われる。
少なくとも和歌山市はそういう自治体ではない。住友金属が企業城下町のように和歌山市を支配していた時代はあった。その頃、日本共産党は、この企業支配を具体的に追及していた。しかし、現在はそこから大きく変わっているのではないだろうか。階級的な利害に大きく支配されていない地域では、議会改革の意義の大きさは、議員が思っている以上に大きいと思われる。
講演を聞きながらそんな感想をもった。議会が住民の利益を守る機関へと変化する道は遠いだろうが、議員は住民の代表だという観点を貫徹する意味は大きい。共産党の力は議会の中では小さいので、この力関係の中で、議会改革を貫くことはかなり難しい。ブレずに粘り強く、道に迷わず改革を進めるためには覚悟が必要だと思われる。議会改革は未知なる道。しかし、共産党の議員は、ここに勇気を持って進むべきだと思われる。










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