歴史編纂室の必要性

雑感

知事選挙の最終日、配れていなかった後援会ニュースと日曜版を一緒に配達した。後援会ニュースを配る家々のことは、ほとんど場所を覚えていたが、分からなくなっているところもいくつかあった。iPhoneで住所を検索しながら単車を走らせる。これに少し時間がかかった。

全体としてかかった時間は3時間半ぐらいになった。途中、何人か人に会ったので話になった。こういう話を重ねていくと、結果につながるのだが、議会が始まったのでなかなかうまく行かない。

個人的な思いを書いておこう。
地方自治体にも、歴史編纂室のような仕組みがいると思う。かつらぎ町の歴史を見てそう感じる。町の公式見解というのは、都合の悪いことは書かないということと、歴史の把握の仕方がリアルでないというところに特徴がある。

どうして、この事業が失敗したのか。こういう視点からの分析がない。溝端町長の時代に盛んに行われた土地開発公社による先行取得と代行取得。これがどのようにして行われ、どういう土地が塩漬けになって、最終的に金融機関にいくら返済したのか。これについては公文書に記憶がない。
溝端町長が議会で盛んに言っていた「シビックゾーンをつくる」という話も、公文書では確認ができないのだという。

現在に近い歴史はどうだろうか。井本町長時代に行っていた笠田中の農地造成事業は、当初の計画から話が二転三転しており、ことの経緯を議員がどれだけ把握しているのか、不確かになっていた。これが、公文書にどれだけきちんと書かれているのか。極めて曖昧だと思うが、いかがだろうか。

現在、庁舎建設の取り組みが始まっているが、公文書による記録はどうなんだろう。町長が盛んに語ってきた「庁舎建設は手段で賑わいをつくるのが目的」という言葉と方針は、公文書にも、長期総合計画にも言葉として残っているが、行政全体として、この言葉と方針がどう共有されているかとなると、極めて心許ない。

アクアイグニスの誘致という事業にしても、事実経過が公文書にきちんと記録されているかどうか。歴史というのは、文書をひもとけば、どういった経緯で政策判断がどうなされたのかまで分かるようになってはじめて生きるのだと思っている。しかし、そのように記録はされていないだろう。

安倍内閣以降、明白な事実でさえ認めず、裁判でさえそれが明らかにされがたいことが続いており、公文書が破棄されたり、データが改ざんされたりということが繰り返されてきた。統計さえもが操作されていたことがあった。このような姿勢が、地方自治体にも反映してくる。政治として、為政者が開き直って事実関係を認めないということが、兵庫県などでも起こっている。国の政治がそうなっていると、それを真似する地方自治体の首長が現れたりするので、そういうことが起こる。

1970年代、田中角栄元首相が、ロッキード事件で逮捕・投獄された。この時代、公文書の記録の仕方は、今とあんまり変わらないだろうが、マスメディアが事実を追及するという態度を取っていたので、事件の経緯はかなり「社会的」に明らかになっていた。今のマスメディアは、そういうことになっておらず、記事のニュースソースの在り方が、公的機関の発表を拠り所にするに至っているので、公的機関の都合のいい報道がなされている。

第二次世界大戦に至る歴史でさえ、繰り返し改ざんする動きが盛んに、政治的に行われているので、日本が引き起こした侵略戦争という大事実でさえ、歪んで伝えられている。歴史修正主義という立場に権力者が立てば、過去の歴史が塗り替えられていく。そういう恐ろしいことが重ねられている。

行政が、行政機関とは独立した歴史編纂室をつくるということがないかぎり、自治体の歴史でさえきちんと記録されないことになる。こんな国や地方自治体でいいのだろうか。

雑感

Posted by 東芝 弘明