『花子とアン』と戦争と

雑感

朝市
朝市

『花子とアン』を見ながら、戦争への協力をどう描くのかをみていたのだどけれど、創作である『花子とアン』は村岡花子の戦争への協力を正面からは描かなかった。原作本である『アンのゆりかご』を読んでも、戦争への協力については克明に書かれていない。しかし、実在の村岡花子は、日本文学報国会に参加している。もちろん多くの作家がこの報国会に参加し戦争に積極的に協力している。村岡花子も、大政翼賛会や大日本婦人会、国防婦人会、勤労奉仕の女学生の会合や講演にかり出されている。

宮崎駿は、『風立ちぬ』で戦争に協力した堀越二郎を主人公に選び、零戦を制作するより以前の飛行機作りを描いた。しかし、零戦をどう作ったかは描かなかった。戦争協力の果てに終戦があり、堀越二郎は夢を見る。そこにカプローニと菜穂子が現れ、菜穂子は、「あなたは、生きて」と言って空に消えていった。

『花子とアン』では、花子が戦争に協力した作家という設定で描かれてはいた。それは蓮子の言葉に克明に現れていた。しかし、積極的に戦争に協力した姿は具体的には描かれていない。戦争に深く協力した人物を克明に描きつつ、その登場人物に心を寄せるというのは、ものすごく難しい。
『風立ちぬ』で「あなたは、生きて」という形で戦争協力を受けとめて語った菜穂子の言葉は、ものすごく深い。
これをどう受けとめるのか、というテーマは重い。

『花子とアン』では、朝市が「わしらも同じじゃ。子どもたちに兵隊になって死ねと教えてきた。このことには向きあって生きていかなければなんねえ」というような意味のことを言う。この言葉によって、花子は前を向く。
圧倒的多数の日本人が、戦争に積極的に協力した。この問題を真正面から考え、その意味を問いつつ、現代を生きることの意味は増している。戦争に協力した人々をどう描くのか。この難しい問題に立ち向かおうとした『花子とアン』と『風立ちぬ』。この2つの話に流れていた共通のテーマ。このテーマは、まだまだ描かれなければならない。現実に起こりつつある戦争をくい止めるためにも。

雑感

Posted by 東芝 弘明