英霊って一体何だろう

雑感

戦争で死んだ兵士や多くの国民が、平和の礎になった。戦死は英霊だという言い方には、どうも戦前の政府の自己弁護が潜んでいると思ってしまう。

歴史に「もし」と言うことはないが、あの戦争に日本が勝っていたら、当然のこととして拡大した領土を守るために、日本の侵略は継続していたことになる。
日本が戦争に勝ってそれぞれの地域を支配するとどういうことになっていただろう。推測できるのは朝鮮での支配の仕組みや満州国での支配の仕組みだろう。
35年間植民地だった朝鮮半島では、日本の憲法が適用されず、朝鮮人には日本の国政への参加権はなかった。地方自治体は「道」と呼ばれ、そこには協議会が設置された。この協議会の議員は、道長官によって任命されたが、議員たちには議決権もなければ、発議権もなかった。日本国内では男子の普通選挙権が認められていたが、当時の日本帝国憲法さえ適用されなかった朝鮮では、日本の植民地支配が徹底して貫かれていたということだろう。地方自治体の道長官は、朝鮮総督府という絶対的な権限を持つ植民地統治機構の下で、総督府の命令に絶対的に従う存在だった。道長官は単なる地方行政の責任者にとどまらず、植民地支配を現場で実行する上での中核的な存在だった。

満州国は、愛新覚羅溥儀が、当初は「執政」、1934年以降は「皇帝」として国家の元首に就いた。この元首の下で政府組織としては、立法、行政、司法、監察の四権分立が行われ、行政の中心として「国務院」が置かれた。国務院のトップは国務総理(首相に相当)だった。この政治体制の下、満州国は「五族協和」のスローガンを掲げ、満州人、漢人、日本人、朝鮮人、モンゴル人という主要な民族が協調して国を運営することを、建国の理念として掲げていた。
しかし、満州国の真の支配権は、建前上の政府組織ではなく、以下の二つの機関が担った。一つは関東軍。この軍隊が満州国を建国した主体だった。関東軍司令官は、軍事・政治の両面で絶大な権力をもち、満州国政府の重要人事を決定する最高の指揮官だった。もう一つは関東局。関東軍司令官の指揮下に置かれた関東局は、日本の権益を管理し、満州国政府に対する指導・監督を行った。満州国には憲法は制定されなかった。植民地だった朝鮮には治安維持法が適用され、傀儡国である満州国には、国防治安法という法律があった。

こういう支配を展開していたので、現地の朝鮮人や中国人には、基本的人権さえ保障されなかった。
いま、ちまたには以下のような歴史の事実を踏まえない言い方が広がっている。
〝日本は、大東亜共栄圏をつくってアジアを開放する戦争を行い、その結果、その理想は実現できなかったが、第二次世界大戦以後、アジアの多くの国が独立した。〟
しかし、このような議論は、実際に日本が支配していた地域や国の人々が、どんな支配体制の下置かれていたかを知るだけで、このような論理が欺瞞に満ちたものだというのが分かる。

もし、日本が戦争に勝っていたら、朝鮮や満州国のようなおぞましい軍事的支配が、アジア全域に適用されていた可能性が強い。日本国内では軍国主義が継続され、1銭5厘の赤紙で徴兵制が維持され、アジア支配のために、軍が活用されていたということになる。このような戦争を遂行させられた軍隊や軍人が、戦後の平和のための礎になったという説明には、大きなウソが仕込まれている。

日本の戦後の平和は、日本帝国主義の敗北によってもたらされたものであり、日本の敗北をふまえて戦争の犠牲者は弔われるべきだということだ。日本が戦争に勝っていたら、日本の平和はなかったし、亡くなった兵士は、侵略遂行の軍隊として、その責任が世界から問われ続けることになっていたと言える。日本帝国主義が敗北したのは、第二次世界大戦における歴史的大事件であり、戦後の日本人の幸福はこの敗北の上にある。日本が戦争に負けたことによって、日本は国民主権、基本的人権、恒久平和を手に入れたのだ。これ以外の解釈は成り立たない。
戦争の犠牲者は、国による誤った侵略戦争の犠牲者であり、同時にこれらの戦争を遂行した指導部の中には、戦争責任を問われるべき人々がいたということだろう。このような誤った戦争にかり出され、戦死した人々に対し、政府はお詫びから出発して、歴史の過ちを二度と繰り返さないという誓いをたてるのが、8月15日だと思われる。

戦死者を英霊と称えることが、次の戦争につながりつつある。
少なくとも、戦争当時の政府を含め、現政府は、このポツダム宣言の認識の上に戦後の国をつくったはずだ。この原則に対して異を唱えることは、個人としては許されるかもしれないが、日本政府、地方自治体、すべての議員は、この原則を無視することは許されないのではないだろうか。ポツダム宣言の第6条だけを引用しておく。
「六、吾等は無責任なる軍国主義か世界より駆逐せらるるに至る迄は平和、安全及正義の新秩序か生し得さることを主張するものなるを以て日本国国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出つるの過誤を犯さしめたる者の権力及勢力は永久に除去せられさるへからす」

大東亜戦争は「日本国国民を欺瞞し之をして世界征服の挙に出つるの過誤」だった。当時の昭和天皇はこれを認めていたのに、「終戦の詔勅」では、「先に、米・英2カ国に宣戦を布告した理由もまた、帝国の自存と東亜の安定を願ってのものであって、他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりするようなことは、もちろん私の心志(意志)ではない。」(「西日本新聞社」訳)としている。この食い違いは大きい。

雑感

Posted by 東芝 弘明